ふせったーに投稿した物を日記にも残しておきます
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ヨルハDAの結末を終え、何故私達がEエンドへ到達出来たのかを考えていた
ニーアレプリカントのDエンド、ニーアオートマタのEエンドは物語の結末を迎えた後
そこまで攻略したプレイデータを引き換えに最後の選択を選ぶことでたどり着けるエンディングである
アノッグとコノッグが再開しどこかへと旅立ち
それぞれのサーバーで選ばれた選択肢の比率が流れた後に私達はEエンドへ到達した事を告げられる
ならばこの結末は何者かが自らのプレイデータ、その存在を世界へ捧げた事でたどり着いた結末なのではないか
それは誰だろう、アノッグやコノッグだろうか?それとも9S?2B?それとも私達自身、闇の戦士が?
違うはずだ、私たちプレイヤーは彼らのことを覚えている
何故、アライアンスレイド:希望ノ砲台「塔」の最上層で開花シタ神との戦いでカイネの曲が流れるのか
カイネはニーアレプリカントのDエンドの選択により
主人公のプレイデータ、その存在の全てと引き換えに死の運命を救われた人物だった
私たち闇の戦士はこのヨルハDAにおけるカイネの立場だったのではないだろうか
ヨルハDAの物語を読み進む内に感じる違和感、選択肢を選んでいるはずなのに何故か感じずにはいられない疎外感
…本当は居たのではないだろうか?
もう一人、闇の戦士と共にこの物語に登場していた誰かが
それはコルシア島で出会った誰かだったのかもしれない
それはノルヴラントへやってきてから共に旅をした誰かだったのかもしれない
それは暁の血盟たちのように世界を渡って共に戦ってきた仲間たちだったのかもしれない
それはアルバートのように魂を共にして戦ってきた誰かだったのかもしれない
Eエンドへたどり着くまでに何度もゲームをやりなおし
繰り返される悲劇を回避しながらAからDまでの結末を乗り越え
最後にこんな結末は嫌だと自らの存在の全てを捧げてくれた誰かが居たのではないか
大切な仲間の死の運命を救う為に自らの存在を捧げた青年のように
全ては無駄ですかと問われ「そんなことはない」と
ゲームなんて馬鹿げてると問われ「そんなことはない」と答え
最後には誰かの力になる為にその存在を捧げたどこかの誰かのように
闇の戦士と私達プレイヤーの冒険する世界を守ってくれた誰かが
私たちはもうその”誰か”の事を思い出す事はできない、過去にも未来にももうどこにも存在しないのだから
ヨルハDAを終えた何人かの人々は
「消化不良」だと「こんな結末では納得できない」「シナリオとしての評価は低い」と言う
だけどもしかしたら居たのかもしれない
この結末を託して私たちがこの世界で冒険を続けられるよう、自分自身の全ての存在を世界に捧げてくれた誰かが
闇の戦士はもう永遠にその誰かの事を思い出すことはない
エオルゼア、ノルヴラントの全ての人々ももうその誰かを思い出すことはない、もうどこにも存在していないのだから
私たちプレイヤーだけが、この物語の違和感からその輪郭をなぞることが出来る
だからせめて私たちが伝えないといけない
そこに居たかもしれないその誰かに
本当に…本当にありがとうございました…!と
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FF14とのコラボでまさかカイネの視点からニーアの物語を楽しませてくれるのは余りにもファンサービスが過ぎる
ヨルハDA、大変素晴らしいコラボでした