遠い遠い、遥か過去の時代。
その星は『人』の楽園でした。
翳りを知らず。喪失を知らず。理不尽を知らず。
『人』は、永遠にも似た寿命を持ち、
穏やかに生きていたのです。
彼らは、魔法で万物を創り出しました。
たとえば『決して朽ちない石』。
積み上げて、頑丈な搭にしました。
そこに『輝く水晶』を嵌めれば、
夜の闇だって、淡く柔らかに微笑みます。
そんな素敵な街で、『人』は心ゆくまで語り合い、
笑い合い、認め合い、愛し合っていたのです。
街路に、ひとりの男が佇んでいました。
身に纏う黒いローブは、ほかの『人』とお揃いです。
唯一、顔を覆う仮面だけが、
色も形も、まわりと違っていました。
それは『人』を導く者の証。
男は、偉大な魔導士でした。
「やあ、相変わらずキミは早いね」
男のもとに、待ち人が現れます。
気心の知れた旧友です。
じき、もうひとりの友人もやってきて、
三人で夜を賑わすことになるでしょう。
幾千回、幾万回と、繰り返してきたように。
遠い遠い、遥か過去の時代。
そこは彼の楽園でした。
楽園の崩壊は、あまりに唐突でした。
星を呑み込む災厄。
それは、あらゆる命の存在を拒むかのように、
災いの流星を降らせました。
大地は崩れ、水は血となり、文明は燃え尽きます。
偉大な魔導士である男と、種々の知恵者たちは、
星を律する神を創ることにしました。
『人』の半数を贄として。
生み出された黒き神は、災厄を鎮めてみせました。
災いが過ぎたあと、
すっかり荒れ果てた星を見て、男たちは言います。
「もとに戻そう」
「楽園へ帰るのだ」
彼らは再び贄を捧げ、神に再生を願いました。
一方で、男たちの行いに異を唱える者もいました。
「先に進もう」
「過去を過去とし、新たな未来へ」
彼らは白き神を創り出し、
男たちの黒き神に戦いを仕掛けました。
二柱の神は、昼も夜もなく戦い続けます。
やがて勝利したのは、
未来を求めた白き神でした。
その渾身の一撃が、
黒き神を、星ごと切り裂きます。
こうして世界は、十四の欠片に分かたれてしまったのです。
対立する白き神の、渾身の一撃。
魔導士の男は、居合わせた仲間と力を合わせ、
かろうじて耐え抜きました。
次に彼が見たもの・・・
それは、星とともに分かたれ、
もとの形を失った生命たちでした。
「ウー・・・アァ・・・アー・・・」
人の『なりそこない』たちが呻きます。
彼らの声は、意味のある言葉になりません。
言語を扱う文化も、知性も、失っていたのです。
こんな結末は認められない。
男たちは、再び星をひとつにまとめ、
楽園を取り戻そうと動き出しました。
十年、百年、千年・・・
彼らが活動を続ける間に、『なりそこない』たちは、
めいめい文化を築きはじめました。
新たな言葉でしゃべりだし、
新たな神を祀りだし、
新たな歴史を歩み出したのです。
男にとって、それはおぞましいことでした。
『なりそこない』は弱くて脆い。
魔法だって、さほど上手くは扱えません。
『なりそこない』は愚昧で狭量。
くだらないことでいがみ合い、絶えず争っています。
『なりそこない』の命は短い。
簡単なことで、あっという間に、死んでいくのです。
そんなものが、『人』に取って代わろうとしている。
男にとって、それはおぞましいことでした。
どうあっても。
いつになっても。
おぞましくて哀しいことでした。
星のすべてが分かたれた日から、
長い長い年月が経ちました。
男は今も、生きています。
楽園を取り戻すため、戦い続けています。
ときには『なりそこない』に紛れ、
別の名を得て、仮初の人生を演じました。
同じように、今日もまた。
誰かの名と身体を借りて、男は世界を見下ろしています。
くたびれたように丸まった背中。
疲れきった顔に似合いの、深いため息をひとつ。
視線の先には、『なりそこない』の一団がいました。
魂さえも視抜く男の眼は、
その中に、懐かしい色を見つけます。
楽園の名残・・・
あのころの友人と、同じ色の魂でした。
けれども、もはや何かを期待することも、
寂しさを覚えることもありません。
そんなことは、とっくにやり尽くしていたのです。
だから彼は、眼前の事実を、粛々と計画に組み込みます。
なおも捨てきれない願いを、
微かな余地として残しながら。
昔日の楽園を求めた男は、
星と命の物語を、静かに歩き続けます。
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「私たちからすれば、得たいの知れない存在が蠢いてる状態だぞ。不気味でないはずが無い。」ってセリフに違和感があったんだけど、分かたれた直後は『人』の形をしていなかったのなら、おぞましいって感じるのも理解できる。