エーテライトとの交感を終えたマサモリは、冒険者としての第一歩を力強く踏み出していた。
カーラインカフェのミューヌから教わった、都市で生きていくための『3つの施設』。エーテライト、槍術士ギルド、そして商店街。
頑固な商店街の顔役、パルセモントレにミューヌお手製のイールパイを賄賂……もとい手土産として渡し、冒険の基礎をしっかりと頭に叩き込む。
(すごい……いろんな施設があって、いろんな種族の人が行き交ってる。ここから、俺の冒険が始まるんだ……!)
期待と緊張で胸を高鳴らせながら、マサモリはミューヌに背中を押され、いよいよ自身の戦いの拠点となる場所へと向かった。
* * *
「ようこそ、グリダニアが誇る『槍術士ギルド』へ」
木造の重厚な道場に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような鋭い気迫が全身を包み込んだ。
奥の稽古場に立っていたのは、見上げるほどの巨躯と、歴戦の猛者だけが放つ重厚な覇気を纏った男だった。
「よう、冒険者。槍術士ギルドへの入門希望者だな。ふん……そんなひょろっちいナリじゃ、まだ鍛錬が足りねえな」
「マサモリ・ダテです! よろしくお願いしますッ!」
マサモリが背筋を伸ばして元気よく挨拶すると、ギルドマスターのイウェインは鋭い眼光でこちらを射抜いた。
イウェインが語る槍術の真髄。それは、常に安定して着実に敵を追い込む『途切れない攻め』。そして、その猛攻を支え、真価を発揮させるための絶対条件こそが――『勇気』。
「ゆえに、初代ギルドマスターは、槍術士ギルドを『勇気』を教えるギルドと定めた。どうだ、お前は。このギルドで槍術を極める覚悟はあるか?」
「はい! 覚悟はあります!」
「よく言った! お前が『槍術士』の名を背負うこと、認めてやる。歓迎するぜ!」
豪快に笑うイウェインから最初の試練を受けたマサモリは、都市の外で魔物を討伐し、着実に槍の重みと間合いを己の肉体へと叩き込んでいった。
続いて課されたのは、本格的に『勇気』を学ぶための試練。
敵に取り囲まれても決して慌てない『乱されぬ心』。
そして、突然の強敵との遭遇にも驚愕しない『動じぬ心』。
マサモリは森を駆け回り、ヤーゾンの群れや大ガエルとの実戦を通して、この『ふたつの心』を自らの血肉へと昇華させていった。
* * *
「『動じぬ心』を知る試練から、戻られたようですね」
ギルドへ戻り、受付のジリアンに報告をしていると――ふと、奥の道場から怒声と、苦痛に満ちた呻き声が聞こえてきた。
「……なんだか、道場が騒がしいですね。何かあったのでしょうか?」
マサモリが道場を覗き込んだ瞬間、息を呑んだ。
数名の屈強な槍術士たちが、床に膝をつき、肩で荒い息を吐いている。
そして、その中央。
青白い肌をした見知らぬエレゼン族の男が、禍々しい槍を片手に悠然と見下ろしていた。
氷のように冷たく、狂気を孕んだ瞳。ただそこに立っているだけで、冷水に浸かったような悪寒が背筋を這い上がる。
「この者たちが『槍術士』? ハッ……とんだ拍子抜けです。もう一度言いますよ。槍術士ギルドの名を懸けて、私と勝負しろと言っているんです。それとも……無力を晒すのが怖いんですか」
男の挑発に対し、イウェインは全く動じることなく言い放つ。
「んな挑発には乗らねぇよ」
「フン……あなたたちは、どこまでも臆病ですね。昔から変わらず……」
忌々しげに吐き捨てた男の視線が、ふと、道場の入り口に立っていたマサモリを捉えた。
「……まだ、いましたか」
「おい、待て。そいつはまだ、槍を持ったばかりの……」
イウェインの制止も聞かず、男は音もなくマサモリへと距離を詰め――その鋭い矛先を、寸分の狂いもなく喉元へと突きつけてきた。
(なッ……!?)
圧倒的な殺気。切っ先から伝わる死の気配に、全身の産毛が逆立つ。
恐怖で足が竦み、思わず後ずさりそうになる。
だが――。
(逃げるな……! イウェインさんに教わったばかりだろ! これが、『動じぬ心』だッ!)
マサモリは奥歯を噛み締め、突きつけられた凶刃から決して目を逸らさず、男の狂気の瞳を真っ直ぐに睨み返した。
数秒とも数時間とも思える沈黙の果てに。
やがて、男はスッと槍を下ろした。
「彼に免じて、ここは下がりましょう。ですが……槍術は、『勇気』の術。『臆病者』が槍を持つのは、冒涜です。……見極めさせてもらいましょう」
男はマサモリを一瞥すると、そのまま亡霊のように道場を後にした。
「……あいつのことは、気にすんな」
イウェインが重い足取りで近づいてくる。
「『道場破り』ってのは珍しいことじゃない。ギルドに属さぬ槍術士が、『勇気』を試しに来るのさ。それよりも、お前は今回の試練で学んだ『ふたつの心』を、しっかりと身に刻むことを考えろ」
「……はいっ」
マサモリは力強く頷いた。だが、喉元に残る冷たい切っ先の感触は、そう簡単には消えそうになかった。
* * *
それからさらに鍛錬を積んだマサモリに、イウェインは「敵の群れをかいくぐる」という新たな試練を与えた。
目的は、アノールの巣窟である『裸岩の丘』の山頂に置かれた『勇気の丸石』を手に入れ、ギルドに持ち帰ってくること。
「来たな……! 退いてたまるかッ!」
四方から群がってくる獰猛なアノールたち。マサモリは包囲されても決して『乱されぬ心』を保ち、途切れない攻めで活路を切り開いていく。
鮮血を散らしながらも見事、山頂に置かれていた青い丸石を手にした。
「よしっ、これで試練は……」
「おめでとうございます。課せられた試練を、果たせたようですね」
背後から響いた、底冷えするような声。
振り返ると、そこにはあの道場破りの男が立っていた。
「あなたは、この前の……!」
「その偽物の『勇気の丸石』……あなた方『臆病者』に実によくお似合いですよ」
「偽物……? さっきから臆病者だの偽物だの、どういう意味ですか!」
マサモリが鋭く睨みつけると、男は「私はフールク」と名乗り、薄く笑った。
「以前、道場でお会いしましたね。あなたに槍を向けた時……他の槍術士とは違う『何か』を感じました。もしかしたら、あなたは『臆病者』ではないのかもしれない。ひとつ試させてもらいましょう」
フールクは、黒衣森のより深く、暗い奥底を指差した。
「あなたに、本物の『勇気の丸石』がある場所をお教えします。インプの巣窟『ウォーレン牢獄』。こんな場所よりも、はるかに危険に満ちる場所。本物の丸石は、私がそこへ移しておきました」
「ウォーレン牢獄……」
「過酷な状況であればあるほど、勇気は磨かれる。槍術士の試練は、かくあるべきです。さあ、あなたが臆病者でないのなら、『ウォーレン牢獄』で『勇気の丸石』を手に入れ、槍術士ギルドへと持ち帰ってみせてください」
フールクは、マサモリの心底を試すような冷たい視線を残し、森の奥へと姿を消した。
(インプの巣窟で、過酷な状況……。上等だ、やってやる!)
マサモリはフールクの挑発に静かな闘志を燃やし、指定された危険地帯『ウォーレン牢獄』へと足を踏み入れた。
薄暗い牢獄の跡地は、冷たい湿気と死の臭いが立ち込めていた。
「ギャッ! ギャァァッ!」
突如、影の中から不快な鳴き声と共に複数のインプが飛び出してくる。鋭い爪がマサモリの頬を掠め、一筋の鮮血が宙を舞った。
(囲まれた……ッ! 落ち着け、こんな極限状態の時こそ『乱されぬ心』だ!)
マサモリは深く息を吐き、足腰に力を込める。
四方から迫る敵の殺気を冷静に見極め、手首を返して槍を旋回させた。穂先が空を裂く風切り音が、牢獄に鳴り響く。
「ハァァァッ!」
鋭い踏み込みと共に放たれた刺突が、一体のインプを正確に貫く。引き抜くと同時に石突で背後の敵をカチ上げ、体勢を崩したところへ容赦のない連続突きを見舞った。
血飛沫が舞い、爪が鎧を引っ掻く。だが、マサモリは決して足を止めなかった。怯まず、動じず、ただただ着実に敵の数を減らしていく。
イウェインから教わった「攻めを継続する」という槍術の真髄が、死と隣り合わせの極限状態の中で、確かな実を結び始めていた。
激戦の末、牢獄の最奥で仄かに光る青い結晶を見つけ出す。
本物の『勇気の丸石』を掴み、マサモリは息を切らしながらもギルドへと帰還した。
* * *
傷だらけになりながら巨大な丸石を差し出すと、イウェインは目を丸くした。
「『勇気の丸石』は手に入ったか? ……よし、確かに勇気の丸石だ。だが、随分と傷だらけになってるが、何かあったのか?」
マサモリが事の顛末――フールクと名乗る男から丸石を取り返すため、ウォーレン牢獄へ向かったことを伝えると、イウェインは不快げに鼻を鳴らした。
「『フールク』と名乗る槍術士から勇気の丸石を取り返すため、ウォーレン牢獄へ行っただと? ……なるほどな。野郎、ただの道場破りじゃねぇってわけか。槍術士ギルドを『臆病者』呼ばわりとは、何のつもりかわからんが、舐められたものだ」
イウェインは静かな怒りを滲ませた後、マサモリの肩に力強く、温かい手を置いた。
「ダテ、ヤツの言葉には耳を貸すな。危険な場所でこそ『勇気』が磨かれるなどということはない。『勇気』の意味は、最初に教えたとおり、『ふたつの心』に他ならない」
「はい……!」
「お前は、この『勇気』を磨くことに集中するんだ。今回、敵の群れをくぐりぬけたことで、お前の『勇気』はさらなる高みへと洗練された。この戦いを、しっかりと身体に叩き込んでおけ」
「はいっ! ありがとうございます、イウェインさん!」
ギルドマスターの力強い言葉に、マサモリは深く頭を下げた。
危険な思想に取り憑かれた、青白い肌の槍術士フールク。彼との因縁は、マサモリの心に小さな、しかし確かな波紋を広げていた。
第2話、お読みいただきありがとうございます。
今回は槍術士ギルド入門と初戦闘! 序盤の因縁のライバルとなるフールクの登場です。マサモリの『動じぬ心』が少しずつ磨かれていきます。
※以下の実況動画を基に執筆しています。
よければ動画も視聴くださると嬉しいです。
https://youtu.be/imKcbUmFrv8?si=XYxAhcvTnoy17nhZ