3-5
「……」
どれくらいそうしていたろうか。無言で周囲を見回していたリシュヤは、ややあってから口を開いた。
「黒犬一味、って憶えてるか?」
「誰」
ほんとうに憶えていなかったので、ノノノは即答した。ハルドボルンもきょとんとした顔をしている。ファタタだけが、「え」と言ったきり黙った。
「ノノノを最初にあたしらの仕事に連れてったときの、誘拐犯一味だよ」
「……そんな名前だったっけ?」
「ああ。そんで、その中核メンバーは四人」
リシュヤは天を見上げる。雪は、来た時よりも強くなっているようだ。
「ドギー“ザ・ブラック”。ベラフディアの呪具でゴーレムを操る呪術士。黒に近い褐色肌のハイランダー。二人目は」
「……エインズ“ザ・ハリケーン”。全身に傷や縫い目のある斧術士。赤黒い肌のローエンガルデ女性」
ファタタが続けた。眉根をぎゅっと寄せている。
その顔を目だけを動かして見た後、リシュヤはくすりと笑って後を継ぐ。
「三人目はジャック“ザ・ステーク”。焦げたように真っ黒の肌のムーンキーパー、男。槍術士」
ファタタが眼鏡を正しながら四人目の名を呼ぶ。
「フラン“ザ・カース”。ジャックと同じく黒い肌のムーンキーパーの少女。幻術士、というより呪詛士ね」
「なにそれ」
ノノノは目を丸くした。偶然にしては出来すぎだ。さっき会った『グリフィンズ』のメンバーと、種族と容姿が合致する。そのくせ職業は全く違う。
「ああ? いやあ……めちゃくちゃすごい偶然、ってことはねえか? 第一、さっきのキーン・ソーン、傷なんかどこにもなかったぜ?」
ハルドボルンが握手をしたローエンガルデ女性には、彼の言う通り傷らしい傷は見当たらなかった。
「ていうかお前、そんなのよく憶えてんな?」
ハルドボルンが、称賛というよりは若干呆れたような調子で言い、眉を下げた。
「記憶力がいいのが取り柄でね」
肩を竦める。
「ついでに目もいい。だから、見間違いじゃ無え」
リシュヤが断言する。ノノノは解説された今でも思い出せない。あのときは遠目だったし、“敵”としてしか見ていなかった。
「……でも、あのとき確かに彼らは死んだ。確認してるわ」
俯いたファタタが自分の唇に、曲げた人差し指の関節部分を当てる。それから、顔を上げた。リシュヤをまっすぐに見つめる。
「でも、貴方は彼らが“そう”だと感じたのね。理屈じゃなく」
「ああ」
ファタタを見返すと、リシュヤはしっかりと頷いた。
「間違い無え。あたしの直感が告げてる。手段は全く分からねえが、あいつらは“かつて黒犬一味だったモノ”だ。それにな」
もう一度周囲を見渡す。
「あいつらが来たときから、あたしは誰かに見られてるような気がしてた。それを掴もうとしてたんだが……あいつらがいなくなった後、その感覚は消えた」
「だとしたら」
ノノノは困惑しながら言った。
「これって罠じゃないの?」
『どうやってか分からないが』黒犬一味そっくりの――リシュヤ曰く本人――が四人もいて、しかも自分たちに絡んできた。そのうえ、監視されているかもしれない。これが罠じゃなくてなんだ。
「アタシも罠だと思いますねえ」
いつの間にか、ノノノの後ろにラクヨウが立っていた。突然だったので、ノノノは「わあ」と声を上げて飛びのいてしまった。
「どうだった」
リシュヤの問いに、ラクヨウは首を振った。
「彼らは普通にマーケットへ行き、普通に冒険の準備をしています。和気藹々と、ただしウリム・ナホリム氏を心配もしています。絶望しないよう、“最悪の事態”を口に出さないようにしている者もいます。アタシが見ているのに気付いて演技をしているとしたら大したものですよ。一切の違和感がない」
「……」
「そこだけを見れば彼らに問題はないように見えます。でも」
ラクヨウは言葉を区切り、目を細めてリシュヤを見た。
「アタシの勘が、これは罠だと告げている。貴方の直感と似たようなものですよ」
「……」
リシュヤは無言だ。腕を組み目を閉じている。が、しばらくしてから一言ぽつりと言った。
「嘘がないのは、たった一つ」
全員の視線を受け、リシュヤは目を開いた。
「依頼人は、嘘をついてない」
3-6
結論から言えば、一行は『グリフィンズ』の四人を連れていくいくことにした。
何者かが罠を仕掛けているのだとしても、それを理由に依頼人に手のひらを返すような真似はしたくない。彼女は真剣に夫の無事を願っていることは間違いない。ならば、一度受けると言った以上はやり通すべきだ。
それに、と最後にリシュヤは言った。
「何が来ようが、噛み破るだけさ」
歯を剥き出しにして笑う。もしこれが『アビス』の仕掛けなのだとしたら、彼らはついに自分たちの側からリシュヤたちを攻撃してきたことになる。それなら、逆に好都合だ。
「やれやれです。そんな気楽な話ではないでしょう……」
呆れた声で肩を竦めると、ラクヨウは踵を返した。
「雲海行きはお任せします。アタシは彼らの経歴を洗い出してみます」
背を向け歩き出す。あっという間に、彼の姿は雑踏に紛れて消えた。
きっとラクヨウはリシュヤのことが心配なのだろうな。ノノノはそんな気がした。
二時間後、イシュガルド・ランディングで『グリフィンズ』の四人と合流すると、一行はサンセット・スカイ号に乗り込んだ。現地までの航路はすでにキ・ラシャが調べてくれていたし、飛空艇の舵を取っていたヴァルターも指示ができた。なお、『グリフィンズ』が所有していた飛空艇はどうにも不具合が解消せず、処分してしまったそうだ。
アバラシア雲海は快晴だった。
イシュガルドとは打って変わった環境に、ノノノたちは興味深く周囲を見渡した。高度があるために肌寒いが、明るい陽射しが降り注ぐためさほど苦にならない。時折雲海から吹き上がってくる風が水分を含み、薄い霧のような幕となって駆け抜けていく。
「すご……」
「この辺の島は何で浮いてんだ?」
「島の土台が風属性のクリスタルでできているのよ。雲海を構成する風属性のエーテルを受けて、高度が保たれているんだわ」
ファタタの解説にキーン・ソーンが頷いた。
「ウリム・ナホリムさんも同じことを言ってたよ」
「さすが研究者だな」
一行はウリム・ナホリムの研究施設へ赴く前に、キャンプ・クラウドトップへと顔を出した。イシュガルド・ランディングの役人から、無用な混乱を避けるために必ず顔を出して用向きを伝えるように、との指示があったためだ。
ところが、現地の警備を務める薔薇騎兵団はほとんどが出払っていた。残っている者も殺気立っており、不用意にうろうろするな、と怒鳴られる始末であった。
ただし、『グリフィンズ』の面々はそれなりの期間ここに出入りしている者たちだ。彼らが話しかけることで、騎兵たちも幾分軟化した。
「一体どうしたっていうんだ?」
ヴァルターの問いに、騎兵の一人は「俺が言ったっていうなよ」と前置きしてから話をした。
「ズンドの連中が、またもや蛮神召喚をしようとしてるんだ」
「ズンド族が!?」
ノノノはすかさず「ズンド族ってなに」と言いかけたが、ファタタに小声で「あとでゆっくり聞きましょ」と言われて黙った。側にいたジリ・ア・ペリャーハが、やはり小声で「後で解説する」と囁いた。
「毎度毎度『光の戦士』を頼るのも心苦しいのでな、召喚する前に防ごうと必死なのだ」
「戦闘に?」
騎兵は顔を曇らせ頷いた。
「すでに小競り合いは始まってる。だから、お前たちもズンドから襲われる可能性があるんだ。気をつけて行動しろよ」
「わかった。ありがとう!」
ヴァルターは騎兵に頭を下げる。騎兵は同僚に呼ばれ、そちらへと駆けていく。
一行は再びサンセット・スカイ号に乗り込んだ。
「ズンド族はバヌバヌ族というこの地域に住む蛮族の氏族で、一帯を武力で支配しようとしている強硬派さ」
「バヌバヌ族はずんぐりした太っちょのトリ!」
ジリ・ア・ペリャーハの解説のあとに、ミナ・ペリャーハが続けた。それから、ズンド族はめっちゃ威張ってるんだよ! と憤慨した調子で言った。
「過去蛮神召喚に手を染め、彼らの神――雲神ビスマルクを召喚したんだが……そのときは、あの『光の戦士』が倒している」
蛮神と来ればおなじみの名前に、『アージ』の面々ももはや呆れ顔だ。
「またか……」
「またあいつか」
「何体屠りゃ気が済むんだ」
「もう何を倒していても驚かないわね」
飛空艇はヴァルターの指示通りに飛び、小さな浮島へと到着した。三つの小屋――ウリム・ナホリムの研究室と、男たちの寝泊まりする小屋、女たちの寝泊まりする小屋。あとは外に煮炊きする場所があり、それで終わりだ。
「こっちだ」
ヴァルターはウリム・ナホリムの研究室の鍵を開けた。分厚い本や記録の紙束が、所狭しと置かれている。キーン・ソーンが、机の引き出しにかかっている鍵を開けた。
「サヌワで飛んで行っちまう日の直前まで書いてたみたいだったけど……」
取り出した紙束は丁寧に綴じられている。ファタタはそれを受け取ると、ざっとめくる。
「……これはバヌバヌ語かしら……伝承の聞き取り……フィールドワーク……なるほど……」
さっそく読み込み始めるファタタを流し見しながら、リシュヤがキーン・ソーンに言った。
「細けえコトはアイツに任せるとして、先に結論から訊いとく。――ウリム・ナホリムが『どこへ』行ったのかはわかるか?」
「具体的な場所はわからん」
ジリが首を振った。
「けど、ちょっと前からウリム・ナホリムさんは言ってたんだ。『霊風(たまかぜ)』が鍵だ、って」
ヴァルターの言葉に、『アージ』の面々は首を捻る。
「なにそれ」
「ここの天気のこと。たまに、空が一面緑色になるの」
「所によっては強い風が吹いたりするみたいだね」
ミナとキーン・ソーンが言う。
「雲海から吹き上がる風属性のエーテルが、浮島を浮かせている風のクリスタルと共鳴して起こる現象みたいね」
ファタタが横から口を出した。ウリム・ナホリムの研究ノートの写しは既に閉じられている。
「もう終わったの?」
「ええ。だいたいのことは頭に入れたわ」
さらりと言ってのける。眼鏡を直して全員の顔を見た後、ファタタは口を開いた。
「彼の研究ノートによれば、動く浮島は『霊風』のときに姿を見せるようね。ただし、この雲海のずっとずっと上のほうに」
飛空艇を係留したキ・ラシャが聞きつけて言う。
「それは結構困るっすよ。エーテルを掴むのが難しくなるんで、あんまり高いとこまでは飛べないっす」
「ええ。それはウリム・ナホリム氏も把握済み。『ヘネガの坩堝』という名の付いた浮島付近に、強い上昇気流が発生する場所があるそうよ。その気流に乗って上昇することで、動く浮島が存在する領域まで飛べる。あとは、証明だけだ――そう、ここには記されているわ」
「……たしかに、その日は『霊風』だったよ」
ヴァルターがうなだれた。
「待てなかったんだろうね。あの人、結構短気だったから……」
キーン・ソーンのかすれた声に、グリフィンズの残り二人もうなだれた。
「それなら」
リシュヤが彼らの感傷を無視してファタタに確認する。
「次の『霊風』がいつか、を確認する必要があるな」
「ええ。クラウドトップに予報士がいたはずだから、確認しましょうか」
飛空艇を係留したばかりだったキ・ラシャが、あれぇ? と声をあげた。
「うはは! 残念だったな!」
ハルドボルンが笑う。慌てて飛空艇に戻るキ・ラシャの挙動が可笑しくて、ノノノも笑った。
――そのときだった。
――……理……を……五……で……だめ、間に――い……!
ほんの一瞬だけ。
時間にすれば一秒にも満たない一瞬だけ。
ノノノは、その“声”を聴いた気がした。
「……!」
慌てて空を見上げる。
明るい陽射しに溢れた蒼穹には、異物は何も浮かんでいない。もう何も聴こえない。
けれど。
たしかにノノノは聴いたのだ。
その声を。
ヤヤカの、声を。
幸運なことに、『霊風』は翌日に来た。
彼らはサンセット・スカイ号で、『ヘネガの坩堝』を目指して飛んだ。
3-7
「――今回の蛮神討伐は中止だ」
淡々と告げる白法衣の人物に、青年は怪訝な顔をした。彼の四人の仲間たちも、それぞれに不信感を露わにしている。
「どういうこった」
「何らかの理由で、彼らが貯め込んでいたクリスタルが消失したようだ」
白法衣が解説する。彼が付けている赤い仮面は口元を露わにするものだが、そこに感情の色は感じられない。あくまでも淡々とした調子だ。
それが青年には気に喰わなかったようだ。手にした斧――刃にべっとりと誰かの血がこびりついている――を感情も露わに地面に叩きつける。
「ふざけるな! 俺たちに無駄なことをしている時間は無いんだぞ!?」
並みの人間なら竦み上がってしまうような恫喝だったが、白法衣は一切動じない。
「焦るな。この程度は誤差のうちだ」
冷徹な声は、青年をかえって激昂させる。
「やってられるか!」
斧を収めると、青年は白法衣に背を向け、歩き出した。さほど広くない浮島には、彼ら五人と白法衣、それから彼らの術で一時的な騎獣として利用しているグリフィンがいる。
青年はそのグリフィンの一頭に近付くと、鞍に跨った。
「ちょっと!?」
青年の仲間、大きめの弓を背負ったミコッテ女性が声をかける。翼のはためきに負けぬ大声で青年が告げた。
「アタマを冷やすだけだ! 放っておいてくれ!」
言うが早いか、グリフィンは飛び立った。緑に染まった『霊風』の空に。
「……アルバート……」
小さくなっていくグリフィンを見つめて、ララフェルの女性が青年の名を呟いた。
§
白法衣――アシエン・エリディブスは、空を見上げた。
実のところ、バヌバヌ族が集めたクリスタルが何故消えたかは把握している。
“それ”は物理欺瞞と魔法障壁によってその姿を隠したまま、この空にいる。そして己の完成のために、クリスタルを喰らったのだ。
興味深い存在ではあるが、己の使命――世界をあるべき姿に戻す――とは関りがない。次なる霊災の仕掛けとして候補に入れたことはあるが、あれに今関わっているのが“あの者”だとすると、不確定要素が強すぎる。
ゆえに、関わるまい。
我らの計画に立ちはだかることがあれば、排除すればいい。
熱を帯びぬ思考で結論付けると、彼はこの浮島から――アバラシア雲海から、姿を消した。
3-8
強烈な気流に押し上げられ、サンセット・スカイ号は雲海最高層まで辿り着いた。霊風に染まる緑の空さえも眼下に置き去りにして、飛空艇は押されるように風の上を飛ぶ。
空は深く暗い青に彩られている。夕刻なのだ。すでに太陽は視界には無い。探索には悪い条件だが、結果はすぐに出た。
「あったぞ!!」
ヴァルターが叫ぶ。視界の中には浮島がほとんどなく、その中でゆっくりとはいえ移動している島があれば気付くのは容易だ。
島は大きい。ブロンコ級の飛空艇であれば十隻は余裕で載せられるだろう。形はざっくりといえば長い三角錐をしており、面の一つが平らな地面だ。
「すごい……」
「あったんだ……! 本当に!」
キーン・ソーンが呆然と呟き、ミナが感激して叫んだ。
ウリム・ナホリムが探し求めた伝説の動く浮島は実在したのだ。
「ウリム・ナホリムさんは? いるのか?」
空が濃い青に塗りつぶされていく時刻だ。遠目では確認できない。
「近付かないと視認は無理っすね……」
キ・ラシャが答える。サンセット・スカイ号は島に近付くが、そこでリシュヤが鋭く言った。
「待て!」
「えっ」
キ・ラシャは慌てて速度を落とす。島と相対速度を合わせ、距離を取って並走するようにした。
「なんでだよ!?」
ノノノが問う前にヴァルターが叫んだので、ノノノは黙った。
「……あれは、浮島じゃ無いわ」
ファタタが険しい顔で告げる。
「何言って……」
「島の下にあるのは、風属性のクリスタルじゃ無い」
ファタタが指差す先で、島の下部に位置する――というより下部全体を構成するクリスタルが、鈍い緑色に光っている。
「風属性のクリスタルに見えるが……違う……のか?」
眉根を寄せてジリが疑問を呈する。
「あれは疑似クリスタルだな。周囲の風属性のエーテルを吸い取ってるから、緑色に光ってるだけだ」
リシュヤが静かに、だが厳しい声で指摘する。
「それって」
ノノノが最後まで言わなかったのは、『グリフィンズ』の面々を慮ってのことだ。顔を見合わせた『アージ』の面々は分かっている。エーテルを吸収する――おそらくは特定属性のエーテルだけを吸収するクリスタルなど、自然に作られはしない。意図的に作成されたモノであることは明白だ。
つまり。
自分たちの領分である可能性が出てきたということだ。
「……断言はできないわ。アラグのモノかもしれないし、第五星歴の他の国のモノかもしれない」
ファタタが慎重に意見を述べる。が、それはヴァルターたち『グリフィンズ』の四人には通じる話ではない。
「とにかく、降りようぜ! このままじゃ依頼を果たせないだろ!」
焦燥したヴァルターが大きく手を振る。
「リシュヤ」
黙っていたハルドボルンが浮島のほうを向いたまま言った。
「行こうぜ。“噛み破る”んだろ?」
最後のところで振り返り、器用にウインクして見せる。そのしぐさと言葉に、リシュヤは目を丸くした後に笑った。
「違えねえ。行かなきゃ始まらねえな! ――ラシャ、ゆっくり近付けてくれ」
「りょーかいっす!」
サンセット・スカイ号は相対速度を保ちながら、少しずつ浮島へと近付く。島の地面が見えてくる。岩ばかりだが、ごくわずかな草が生えている。種が風でここまで運ばれてきたのだろうか。
そして。
島の中央付近に、ララフェルと、羽持つ蛇――サヌワが倒れていた。
「ウリム・ナホリムさん!」
ちょうどそのとき、飛空艇が島に乗り上げた。地面すれすれを飛行する状態になった飛空艇から、ヴァルターとミナがほぼ同時に飛び出した。
「おい待ておまえら!」
慌てたハルドボルンが走り出す。後に続きながら、リシュヤはキ・ラシャに「一旦高度を取れ!」と命じた。
先行した二人は途中まで全速力だったが、倒れている者の状態が視認できる距離になったところで一度立ち止まった。それから、ゆっくりとそちらへ――遺体へ向けて歩き出した。
ノノノたちが追いつく。もう、彼女たちにも見えている。
ウリム・ナホリムと彼が乗っていたのであろうサヌワは死んでいる。
鋭い刃物で切り裂かれ、それが原因で死んだように見える。――つまり。
「殺され……てる?」
愕然とヴァルターが呟いたとき。
八人の周囲を取り囲むように、魔法陣がいくつも出現した。
「召喚陣!? 違う、魔力は下から……!」
ファタタが告げる中、魔法陣は光の塔を生み、その中から――異形が姿を現した。
姿は妖異の先兵であるデーモンに酷似している。だが、その頭部から背中にかけて、黒い棒状のモノが間隔を置いて埋め込まれている。
「マハの――改造妖異!」
リシュヤが叫ぶ。まるでそれに答えるように、妖異たちは手にした剣や槍を振りかざし、叫んだ。明らかなる殺意。侵入者を排除するための警備装置なのだろう。
「『アビス』じゃないの!?」
「ああ、こいつは魔大戦当時の技術だ! ――ハルドボルン!」
「応よ!!」
兜のバイザーを下したハルドボルンが駆け出す。
「行って、シルキー!」
ほぼ同時に、ファタタの呼び出した使い魔――フェアリーが、彼を追って飛ぶ。
「オラァ!!」
突撃したハルドボルンが斧を振り回す。刃風に巻き込まれた妖異たちが襲いかかる。構わず走り出したハルドボルンはあちこちで斧を振るい敵視を奪う。
たちまち、ルガディンの斧術士は妖異の集団に取り囲まれた。だがすべてではない。二体ほどの改造妖異が、彼ではなく彼を治癒するファタタへ向かっていく。
「おい、ヴァルター!! そいつらは任せる!! やってくれ!!」
敵と刃を交えながら、ハルドボルンは叫んだ。
「! ――あ、ああ!」
驚いたヴァルターだったが、数瞬あとには唇をぎゅっと引き結んだ。
「俺たちも行くぞ!!」
そう叫ぶと、改造妖異たちへと駆け出していく。ウリム・ナホリムの遺体のそばにいるノノノたちを中心として、島の進行方向より後ろにハルドボルンと大量の人造妖異、進行方向側にヴァルターと二体の改造妖異。そこへ、ミナが双剣を抜いて攻撃に加わる。
――ここまで、彼らの挙動には不審なところが見受けられない。だからここでそれを確かめてみようってことか。
ノノノはハルドボルンの行動をそう理解した。たぶんリシュヤもファタタも同じだろう。その一方で、単に「漢を見せろ!」的な先輩風を吹かせただけかもしれないとも思う。
改造妖異自体は、ノノノたちにとってはさほどの脅威ではなかった。
いつもの通り、ハルドボルンが暴れ、ファタタとフェアリーがそれをカバーし、ノノノとリシュヤが敵を殲滅する。その流れが繰り返されただけだ。
だが、『グリフィンズ』の四人にとっては破格の脅威だったようだ。ノノノたちが敵を全滅させたとき、彼らはようやく二体目の改造妖異を倒しきるところだった。
「……や……った」
倒しきったことを確認したところで、四人は皆その場にへたり込んだ。
「おう、頑張ったな!」
まったく疲弊した様子の無いハルドボルンが笑って言う。
「…………仇は……取れたのかな……」
ミナが呟く。
そのときだった。
突如暴風が吹き荒れた。眼下の『霊風』が激しく乱れ、動く浮島の真横で吹き上がったのだ。
「……!」
全員、飛ばされないように身を伏せるので精一杯だった。激しい風に、ウリム・ナホリムの遺体が浮き上がりかかる。それを慌ててキーン・ソーンが押さえた。
一番大きい被害はサンセット・スカイ号で、荒れ狂う風に翻弄されて島から引き離されてしまった。
「大丈夫か、キ・ラシャ!」
暴風の中、慌ててリシュヤがリンクパールで呼びかける。
『こっちは大丈夫っす! それより!!』
空気を震わせる轟音が響いた。
『浮上物体あり!!』
その声とほぼ同時に、浮島の真横に巨大な影が浮上してきた。
「な……!」
それは飛空艇――いや、飛空戦艦だった。浮島の半分ほどの全長を持つ、黒い装甲で覆われた硬式の飛空艦。
「て……帝国!?」
ジリが驚愕するが、リシュヤが首を振った。
「違う。こいつは……!」
その姿は生物のような有機的なラインで構成されていた。これと同じような姿を持つ潜水艦を、ノノノは見たことがある。つまり。
「『アビス』……!!」
『Fire after Fire』(3)3に続く