※小説です。
リムサ・ロミンサの街角でのドマ難民の一幕をお話にしてみました。
冒険者は登場しません。
2300文字
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『希望の大輪』
昼の海のきらめきを映し取った夏の空は宵となってもどこか明るい。
暮れても喧騒やまない港街を東方風の身なり男が歩いていた。
行商人であろうか、背負子いっぱいの荷物を背負い、くたびれた衣服にくたびれた顔つきで雑踏を邪魔にならぬように歩く。
これから一杯ひっかけようという船乗りや冒険者たちの無遠慮な笑い声、生鮮品を売り尽くそうという商店主たちの活気のある掛け声も、辛気臭い顔をして歩く男には遠い世界の出来事のようである。
どうにか宿代に足りる程度の芳しくない売上を手に、男は板に布を渡したようなベッドの待つ安宿へと歩いていた。
床に寝るよりマシな粗末なベッドであっても、ただただ何も考えずに眠りにつきたかった。
東方から戦火を逃れたどり着いたこの街は、夜でも活気が溢れ、日が昇れば海は輝きを見せ白堊の街を照らす。
帝国軍と戦争をしていると聞くが、どこか遠い出来事のようであった。
焦土と化した故郷、虫けらのように生きるために生き、そのあげく惨めに死にゆく自分たち賎民。
遠く離れた異国に辿り着いた今も、男には見るべき明日も振り返る昨日もなかった。
ただ漫然とその日その日をやり過ごすように生きている。
男が商店街の外れまで来ると子供たちのはしゃぐ声が届いた。
見ると少し離れた道端で街の子供たちが火遊びをしている。
男の生まれ育った東方では子供が火遊びなぞしようものならこっぴどく叱られたものだが、この石造りの港街ではそれほどではないのだろうか。
いや見れば、子供の中でも年嵩の子は火の扱いに慎重であるし、少し離れたところにいるイエロージャケットの警備兵も目を光らせているのがわかる。
どうやら手製の花火で遊んでいるようだった。
まとわりつくような湿り気を帯びた空気、煙と火薬の匂い。
それは遠い故郷の夏の夜を思い出させた。
子供達に聞くと、火晶草の欠片を拾い集め鍛冶場からもらった鉄粉と混ぜ合わせて作った”火薬”を糊で枝先に塗りつけて作るのだと、得意げに語ってくれた。
火のエーテルを宿す火晶草は鉄粉を弾けさせるようによく燃える。
たくさんの火花を長く散らす花火が良い花火なのだそうだ。
その小さく小さく爆ぜる火花は、故郷の線香花火に似ていた。
小さく消える火花は男を望郷へと誘う。
夏になると宵を待ち遠しがる子供にねだられ、家族で線香花火を囲んだものであった。
だが、男のことを父(とと)と呼んだあの子はもういない。
いや、男が街に出ている間に村は戦火にさらされ男の家族は皆いなくなった。
男の村だけではない。ドマのあちこちが似たようなものであった。
ひとり生きながらえてしまった男は慣れぬ行商をしながら、西の果てへと逃げるようにやってきたのだった。
子供たちの手製の花火の出来は様々のようだ。
線香花火のように綺麗に燃え続けるもの、くすぶり、煙だけしかあげぬもの、火をつけたかと思うと大きく燃え上がるもの。
その時は突然の火勢に驚く子供に、すかさず周りの子供達から水が飛んできて事なきを得る。
水を掛けた子供も掛けられた子供も笑い合っていた。
いつのまにか男もつられて笑った。
子供たちの楽しげな様子に、男は「なあ」と声をかけ、荷物からアルメンや幾つかの薬品を取り出すと「火薬に少し混ぜてみると色がつくから」と言って子供たちに与えた。
子供たちは、見ず知らずの大人が花火の材料をくれることに驚いていた。
受け取ろうとしない子供たちに、故郷の花火を思い出したから、その礼だと告げ、
「懐かしくてな、今度見せてくれよ」
そう言うと男は子供たちを背に宿へと向かった。
硬い板張りの寝床に向かう男の口元は少し緩んでいた。
***
翌日、男は早めに仕事を切り上げ、昨夜子供たちが花火で遊んでいた場所へと向かった。
今日は不思議と商品がよく売れたのだ。
久しく抱いていなかった朗らかな気持ちに足取りは軽い。
その途中、折りよく昨夜の子供の一人と顔を合わせることになった。
男が早速、花火は作ってみたのか?と聞くと、子供はバツが悪そうな顔をして目を逸らした。
失敗したのであろうか。
粉はまだあるから足りないならやろう、と言い荷物から取り出そうとする男に子供は、「まだ作ってないんだ。」とおずおずと答えた。
その表情を見て、男は自分が見たいがために見ず知らずの子供に押し付けがましくしていたことにようやく気がついた。
「⋯⋯、そうか気が向いたら作ってみてくれよ」
男が申し訳なく思いながら言ったその時、天を割るような轟音が空に鳴り響いた。
空を見やると、色鮮やかな打ち上げ花火が輝き、消えていく。
夏の祭りが始まったようだ。
子供は瞳に期待を宿し、待ち合わせの友達の元に駆けていった。
そうか、今日から祭りであったか。
こんな立派な花火が空を彩るのなら、自分たちで小さな花火なぞこさえはしないだろう。
子供たちも大人たちも誰もが希望に目をキラキラさせて見上げていた。
男は同じように空を見つめることはできなかった。
線香花火は散ったのだ。
憧憬に色づいた世界が郷愁に連れ戻されてゆく。
空を見上げる男の目には鮮やかなはずの花火が色を失っていった。
砲声とともに咲いては散る大輪の花。
轟音は釣鐘をつく鐘木のように男を揺さぶり続けていた。
男は空から目を離すことができなかった。
Fin