ゲームにおいて最も基本的なコミュニケーション手段
それが「ジャンプ」だ。
SpeaceキーやAボタンを押してジャンプをする。
これで自分以外の人に対して、何かを伝えようとする試み。
それが「ジャンプ」であると思う。
ゲームにジャンプがほ実装されるほとんどの場合、
ジャンプは崖を飛び越えたり、ギミックをよけたりといった機能として、
デザインされ、ゲームに取り込まれる。
だが、画面の前の1人のための物でなくなった時代から、これは変わってきたと思う。
近代ゲーマーになじみ深いFPS
敵エネミーやプレイヤーを銃やナイフで倒していくゲームジャンルだが、
チームデスマッチの開始前待ち時間や、相手に倒されたあとに、
重武装した軍人や、物理学者、超能力者、などが
誰かに向かってぴょんぴょん跳躍しているのは、もはや見慣れた光景だとおもう。
ジャンプは、
「こんにちわ」という挨拶であり
「ありがとう」という感謝であり
「やられててクソワロタww」という一種のマウンティング行為であり
「こっちに何かあるぞ」という仲間への発見通知であり
「いいからライフパックよこせ」という救護申請でもある。
1と0しかないデジタル空間の中で、使用されているコミュニケーションが
同じく1と0しかない、「ジャンプ」なのは合理的でもあるし、ほほえましくもある。
何より良いと思うのは、
テキスティングとは異なる意思疎通の形としてジャンプが使用されている点にあると思う。
たとえ言葉が通じなくとも、たとえ音が聞こえなくとも、
相手がジャンプしていることは確認できるし、
突然、隣のプレイヤーがぴょんぴょんし始めたら、
私もなんとなくジャンプしたくなる。
言葉はなくとも、どこか通じ合える気がするからだ。
オンラインゲームをしてインターネットを漂いながら、ジャンプという盃を互いに酌み交わすのだ。
もしこれが現実空間だぅたらどうだろうか?
例えばあなたが、地下鉄のホームで、東京行の電車を待ちながらスマートフォンをいじっている時
突然、隣の奴がぴょんぴょん跳躍し始めたらどう思うだろうか?
間違いなく私は、恐怖すると思うし、おそらく逃げ出す自信がある。
もしジャンプしている奴が隣の一人だけじゃなく、
ホームにいる全員の人々がジャンプしだしたら、
同調圧力に屈して私もジャンプするだろう。
クレイジーなフラッシュモブの一部にはなりたくない。
では、我らがFF14ではどうだろうか?
デジョン直後のリムサロミンサで暇なとき
初めてシャキ―ンとIDの申請が通ったとき
討伐戦の開始前の、あの輪っかにいるとき
ほかプレイヤーがムービー見てるのを待ってるとき
自分がムービー見終わった後の、待っててくれてありがとう今行くぜのとき
フリートライアル中に知らない人から話かかけられたとき
チャット画面をいじっても、フリートライアルではTellできないことを知ったとき
フリートライアルでも広域チャットは使えるから、それで初めてプレイヤーに話しかけたとき
始めてフレンドができた時
フレンドにトリプルトライアドでえげつない負かされ方したとき
蒼天編終わった後にオルシュファン様かっこよすぎだろ、と一人テンション上がってたとき
フレンドとIDを一緒にまわったとき
クガネで畳の匂いを嗅いだとき
私はジャンプした。
挨拶を
感謝を
非難を
惨劇を
発見を
感動を
世界の誰かに伝えるために。
踏ん張り、地面を蹴って、運動量ベクトルを上に向け、加速度を位置エネルギーに変換した。
跳躍は、声となり世界に轟いた。
かつて神は天と地を想像した後に、
「光あれ」と言って、光を顕現した。
オンラインゲームの世界において、
初めて発せられる言葉は、挨拶やエモート、言葉なんかではなく
「ジャンプ」なんじゃないかな。
私はそう思います。
「Let there be Junp」
※ゲーム創世記1章第三節 著TakoasiHaisenより引用