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第三章 : 言葉は風に乗って
──その日、風は北から吹いていた。
知の都シャーレアンの昼下がり。
海沿いに築かれた円環状の都市を、やわらかな春風が吹き抜ける。
石造りの街並みは規則正しく、美しい螺旋を描くように配置された学舎と広場は、静けさの中に整然とした秩序を宿していた。中央の議事堂を囲むように立ち並ぶ建築群の中で、ひときわ目を引くのは、知識の神サリャクを象った白亜の巨大な像である。
天を仰ぐその姿は、すべての学徒に「問い続けること」の尊さを語りかけるようにそびえていた。
魔法大学の中庭では、春を連れてきたような陽射しが差していた。
石畳の上に木々の影が落ち、梢の合間をすり抜けてきた光が芝生に斑を描いている。
風はやわらかく、遠くで鐘の音が響いていた。
書を広げるウリエンジェの隣に、ムーンブリダがぴたりと腰を下ろす。何も言わずに、ただそこにいる。
やがて、彼女は手にしていた包みを開けた。香ばしい匂いが、ふっと風に乗って流れる。
「はいはい、お待たせ。ほら、あんたの好きなやつ」
彼女が取り出したのは、ライ麦パンに挟まれたフリカデレのサンドイッチだった。楕円形の肉団子は、表面がこんがりと焼かれていて、ほんのりと香辛料の香りが漂う。キャベツの甘酢漬けと粒マスタードが、しっとりとパンに馴染んでいる。
「ちゃんと焼いてる。焦がしてないし、たぶん……いや、今回はほんとに自信あるぜ!」
彼女の指先には小麦粉の名残がついていた。さっきまで台所にいたのだろう。ウリエンジェは包みをそっと受け取り、少し目を細めて微笑んだ。
「……この香りには、記憶の温度がございます」
「またそれっぽいこと言って……いいから、さっさと食べろっての」
頁の上に乗る静けさと、木漏れ日の粒。
それが、ふたりの今だった。
――シャーレアン魔法大学に進んでから、いくつもの季節が過ぎた。
ムーンブリダはエーテル学を専攻し、すでに数本の論文が議会で取り上げられるほどの実績をあげていた。その功績が認められ、彼女は若くして賢人の資格を授けられようとしていた。
一方、ウリエンジェは預言詩学を深く学び、古代詩文と天球運行の照応関係について研鑽を重ねていた。学会では「若き詩の修道士」と称されるほどに、静かなる名声を得ていた。
それぞれ異なる分野を歩みながらも、ふたりの距離は変わらなかった。沈思の森で、静かに本を読むウリエンジェの隣に、当たり前のようにムーンブリダは座っていた。時に、鍛錬場では、斧を振るう彼女の背を、木陰から彼が見守っていた。
言葉は多くなかった。 だが、風が枝葉を揺らす音のように、 ふたりのあいだには確かな交わりがあった。
──私がこの道を選んだのは、きっと、あの時の彼女の言葉があったからです。
それは、決して強い勧めなどではありませんでした。
ましてや、運命を決定づけるような啓示などではなく。
ただ、小さな食卓の上で、湯気の立つスープをすすりながら、彼女が笑いながらこぼした、何気ないひと言。
「あんたはさ、頭の中だけで世界を完結させすぎなんだよ。
星の動きも詩も、あんたにしか見えてないってのは、もったいない。使えばいいんだよ――知ってることを、誰かのためにさ。ほらっ……あたしに教えてくれたみたいにさ」
そのとき私は、すぐには返せなかった。
木製のスプーンを手にしたまま、ただ彼女の言葉の余韻を胸の内で転がしていた。
書架の陰でともに過ごした時間。
難解な詩文に頷き、笑い、時には首をひねりながら耳を傾けてくれた、あのまっすぐな眼差し。
──彼女がいたから、私は語ることを恐れずにいられたのだと思います。
私は、ただ研究をしていれば、それで十分だと思っていた。
大学に行く必要はない、知識さえあればいい――ずっと、そう考えていたのです。
だからこそ、あれは青天の霹靂でした。
言葉を、知識を、ただ蓄えるのではなく、誰かに届けるということ。
その意味を、初めて考え始めたのです。
風が、頁をめくるように。
あの言葉は、私の中にそっと残りました。
静かで、確かな一文のように。
──いまの私が在るのは、その言葉の続きなのです。
春の風が、シャーレアンの学び舎の塔を柔らかく撫で、二人はひとつの石畳を並んで歩いていた。向かう先には、これより新たに師事することになる人物の私室がある。
扉をくぐると、部屋の奥には壁一面の書架と、天球儀の揺れる音。窓辺に立つ初老の男が、視線だけをこちらに向けて言った。
「ふむ。君たちが、今日からわしのもとに学びに来る若者たちかね」
賢人ルイゾワ・ルヴェユール。知をもって世界を導くべしという理念を掲げ、預言詩学の泰斗(たいと)として、またエーテル理論にも理解の深い高名な学者である。
彼はただ知を蓄積するのではなく、星の運行に耳を澄ませ、詩をもって民を導くように、活かすべきものとして教えた。詩は真理を包む器であり、言葉は時として、誰かを導く光にもなるのだと。
その名に込められた威厳は柔らかな口調の奥に沈み、彼の一言一言が、まるで頁の余白に記された詩句のように心に残る。
ムーンブリダはぴしりと姿勢を正し、深く一礼した。
「はい!ムーンブリダ・ウィルフスンウィンです。……えっと、エーテル学を専攻してます!」
「ウィルフスン殿の娘か……明朗にして快活。その枝葉もまた、春風に導かれた縁か。これもまた、天の配剤かもしれぬな。……そして、君が」
呼ばれた瞬間、彼はわずかに目を伏せ、静かに一礼した。
「ウリエンジェ・オギュレと申します……本日より、お世話になります」
「よい目をしておる。静かな水面のように、しかしその奥には深い流れがある。……学ぶことを楽しめ、若人よ」
隣でムーンブリダがそっと肩を突いてくる。
「ちゃんと挨拶できたじゃん」
「……礼儀は心得ておりますので」
「あんたのは、礼儀っていうよりぎこちないって言うんだよ」
二人のやりとりに、ルイゾワはくつくつと笑った。
「実に良い。風のように賑やかで、静かな森のように思慮深い……お互いにないものを、互いに持っている。まさしく、学びにおける理想的な対話のかたちだな」
そのとき、部屋の奥からもうひとつ、控えめなノックとともに扉が開かれた。
「失礼。ルイゾワ様、例の文書の整理が終わったので……あれ、新顔だね?」
姿を見せたのは、旅の魔道士を思わせる軽装のララフェルの青年だった。動きやすさを重視したローブに、魔導杖を背負っている。道具袋が腰元で軽く揺れていた。学び舎の生徒というより、実地で鍛えられた研究者、あるいは冒険者のような佇まいだったが、その瞳には確かな知識と経験の光が宿っていた。
「――紹介しよう。彼はパパリモ。わしの教えを最も早く、そして深く汲んだ弟子じゃ。まずは彼と共に歩み、学びの道を慣らすとよい」
そう言ったルイゾワの声には、わずかに柔らかな誇らしさが滲んでいた。過ぎ去りし年月のなかで、幾人もの若き探究者を導いてきた老賢人にとって、その名を挙げる弟子とは、知のみならず、志をも受け継ぐ者である。
そして、彼は思う――新たな芽がまた、今ここに揃いつつあるのだと。
パパリモはムーンブリダに目を留めると、ふっと笑った。
「ああ、君がムーンブリダ? ……イダの知り合いだね。聞いてるよ、鍛錬場で毎日汗まみれになってるって」
「イダとは最近一緒によく訓練してて……ちょっと無茶するけど、すごく強い子だよな!」
「まあ、イダらしいな」
パパリモがくすりと笑う。
「それにイダがずいぶん推してたんだよ。面白くて、すごいのがいるって、それが――まさか君だったとはね」
パパリモはそう言って微笑むと、ちらりとウリエンジェに視線を移した。彼の中でようやく結びついたのだろう――学会の中で「若き詩の修道士」として静かに名を知られつつあったその人物が、まさに目の前の青年であることに。
その言葉に、ウリエンジェはほんの一瞬、目を伏せた。
だがすぐに顔を上げ、静かに言葉を返す。
「……お褒めに預かり光栄ではありますが、その評価に見合うかは、これよりの精進次第かと存じます」
その応えに、パパリモは目を瞬かせてから、ぽつりと呟いた。
「……真面目、だなあ。いや、うん……でも、イダが面白い子って言ってたのも、なんかわかる気がする。そういうとこも含めて……よろしく」
言いながら、どこか苦笑まじりのような、それでも悪くないというような顔をした。
ルイゾワがゆっくりと頷いた。
「縁というのは、つなげる意思を持つ者のところへ訪れる。君たちの縁もまた、誰かがつないだものだ。感謝を忘れぬようにな」
そしてそれからの日々。
師の書斎に並んで立ち、議論の端に加わり、学びと発見を重ねていくなかで──私の沈黙は、言葉に触れて、音を持ち始めました。
そして足元では、エオルゼアの地鳴りが、まだ微かに──けれど確かに、遠くの海を渡ってきていたのです。
それはまだ小さな兆し。
やがて時代のうねりとなって――