「だれか私の代わりに仕事して、給料だけちょうだい」
——ある怠惰な叫び。
サブキャラと日課に振り回されるのは、もう懲りた。
DQXでも、信長の野望オンラインでも、複垢で日課を埋めた結果、
ゲームはいつの間にか“拷問”へと変わっていた。
金の力は、キャラクターの強さと比例しがちだ。
どのネットゲームでも、金策はプレイヤーを悩ませ続ける。
メタな切り口でいえば、
最も効率的な金策とは「複数キャラを作り、
システムからリソースを搾り取ること」だろう。
——だが、それは楽しさとのトレードオフである。
楽しくなければ、ゲームとしてやる意味がない。
本末転倒なのだ。
「金、金、金! 騎士として恥ずかしくないのか!」
——『ロマンシング サ・ガ』
金策のために、楽しくもない作業で時間を埋める。
それは、ゲームの楽しさを“効率”で殺してしまう行為だ。
サブキャラでリソースを回収していた頃、
私はゲームをしているはずなのに、
いつの間にか“作業”に追われていた。
あれを、もう繰り返したくはない。
FF14では8キャラまで作れるが、
金策のためにサブキャラを作ることは、もう無いと思う。
お金をかけず、強さを求めすぎず、
ひとりのキャラでできることをやっていく。
そうでないと、作業ゲーに心がすり減ってしまう。
幸い、FF14はトークンシステムのおかげで、
「お金=装備の強さ」とは限らない。
実装直後のレイドレースに参加しなければ、
高価な装備を買う必要もないのだ。
もちろん、「コンテンツの熱が冷める前にやらないと“旬を逃す”」
——そう考える人もいるだろう。
だが私は気にしない。
なぜなら、攻略の果てに得られるのは、
一時的な武器の強さや、見た目、アチーブメントだけだからだ。
そこを気にしなければ、やらなくても日常生活に何ら支障はない。
要するに、高難易度コンテンツは“必須ではない”。
やらない人は、やらなくていい。
だからこそ、FF14では「日常と切り離された文化」が成立している。
金策と強さの関係が比較的ゆるやかなおかげで、
私は救われている。
のんびり、ゆったり、景色を見て、今を生きる。
ストーリーを味わい、人と出会い、そこにある“今”を楽しむ。
いうなれば——「足るを知る」。
それが、苦しみからたどり着いた私のプレイポリシーだった。