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個人的に感じたのは、この『黄金のレガシー』のお話は、一貫してずっと「生と死の物語」、死者から生者へ受け継がれる想いの物語だったんだなということ。
トラルは明らかに南米がモチーフなんですけど、メキシコにある「死者の日」(某アニメ映画「リメンバーほにゃらら」でも取り上げられていた行事)って、日本のお盆にも似た主旨でありながらめちゃくちゃ明るいじゃないですか。家族や親しい人たちと集まって、亡くなった人たちのことを明るく語り合う日。死を恐怖するのではなく、死者とともに楽しく笑う。
そして『黄金のレガシー』、「グルージャジャから継承しようとするラマチたち」はもちろんとして、継承の儀で出会った各部族や、協力者たち、サブクエで出会うNPCたち等、「祖先や家族や親しい人たちなどから何かを受け継いだ人たち」が、繰り返し繰り返し、ずっと出てくるんですよね。
人は死んでもそこで終わりじゃなくて、遺された人たちの中に何かが受け継がれていく限り、生き続けていく。
後半、アレクサンドリアはそれを真裏に返したような状況(遺された人たちから、死者に関する記憶が取り上げられる)が提示されて、めちゃくちゃ戸惑ったんですけど、その状況でもなお、なにかを遺そうとする人、なにかを受け取ろうとする人たちがたしかに居た。
スフェーンは、スフェーンを喪った旧アレクサンドリアの民の悲しみが動機となって生み出された、「スフェーンに永遠に生きていてほしい」という人たちの願いの結晶みたいな存在だから、あんな感じになっちゃったんだろうなって。
永久人スフェーンに永遠に生きていてほしい、なら、永久人になったアレクサンドリアの人々も永遠に生きさせなきゃならない、って。
乱暴な表現になっちゃうけど、「死者を想うことは、生者がこれからをよりよく生きるための行為」なのに、その逆をやろうとしてしまったから、あんなことになっちゃった。死者を想うあまりに生者を犠牲にするというのは、やっぱり歪んでる。
スフェーンを永久人として蘇らせた技術も、遺された人たちが心の整理をつけるための限定的なものであれば、あんな壮絶な歪み方をしなかったかもしれない。ラマチもクルルもエレンヴィルも、喪った大切な人と、リビングメモリーで会話を交わすことで、明日を生きるための心の整理をつけた。死者を想うこと、死者と語らうこと自体は、生者にとって悪いことではない。
いろんなものを受け継いだキャラクターたちのこれからを、今後のシナリオでまた見守っていきたいなぁと思いました。
ヒカセンもね、またいっぱいいろんなものを受け継いだね。