冒険者たちの間では【黒魔道士は強いが魔術は困難を極める】という噂があった。
私もその噂を鵜呑みにし、頭の中で先入観として孵化させてからというもの
どうにも触ろうという気が一切なかった。
しかしそこに在る以上、とりあえず収めておかねば、という訳で
黒魔道士を始めようと思い立ったのだが…。
呪術師Lv1からやるのはどうにも気が引ける…。
途中で投げ出してしまうのではないか…?
だがふと脳裏をよぎったのは三国の各所に貼ってあった告知だ。
それには各ジョブの冒険録が半額期間中と書いてあったのを思い出したのだ。
私は好機とばかりに店へ向かった。
だが半額期間は昨日までだったようで、私は店主に拝み込んだが通してもらえず
やむなく、本当にやむを得ず定価で黒魔道士の冒険録を買った。
そしてすぐに歴代の黒魔道士たちが記したという冒険録を隅々まで読み耽ることにより
黒魔道士Lv70の実力と貫禄を得た気になった私が出来上がった。
-これはもう悪く言ってしまえば裏口入学である。
-こんな黒魔道士を野に放ってはいけない。
冒険録の裏表紙にはそう書いてあった。
手書きだったから誰かのイタズラだろう…たちの悪い。
しかし冒険録によって、頭の中に一気に多くの魔術が刻み込まれたのも事実で
一体何が何やらと、個々を熟知するまでに時間を必要とした。
とりあえず私は【孤高の黒魔道士】と自らを称し、人知れず各地で修行を開始した。
今は【エーテルネットワーク】(インターネット)という便利なシステムが在るので
大体の冒険者は各ジョブの立ち振舞をそこから探し、事前に学習しておくのだが
私は孤高の黒魔道士なので必要ないと判断した。
Step1:我はシヴァの子
私は両手の甲を確認した。
右手には炎の紋、左手には氷の紋がある。
これは魔力なき者には見えない紋だ。
特に惑うことなく、私はまず右手から炎を発してみた。
巨大な火球が隣人邸の庭に設置されている木人に直撃し、焦げた匂いと痕を残した。
もちろんこの家の主とは面識はない。解っているのは今は留守ということだけだ。
続けざまに火球を撃ち続けたが3発目を撃ってすぐの事だった。
「くぅ…これは意外に…」
全身を駆け巡るマナが枯渇しているのを感じた。
肉体的な疲労とは似ていて非なる感覚だ。
肉体的な疲労と違い、回復自体は早い。
だがこれしきでマナ補充が必要になるのでは
どうやって長期間を戦えばいいというのだ?
私は木人の前でじっと手のひらを見つめたままでいた。
そして蒼天の海を流れ行く小さな雲が、立ち尽くす私に陰を落としたときだった。
「これは…?」
私の左手にある氷の紋が、ほのかに光っているのが解った。
雲の影により薄暗くならなければ解らないほどの淡い光であった。
しかしその光は間もなくして消えてしまった。
だが私は瞬時にそれを再現する方法を理解した。
そして体内に十分に満ちたマナを使い、もう一度火球を撃った。
…やはり思ったとおりだ!
かすかにだが再び左手の紋が発光している。
私はしばらくそれを眺めていたが、光は15秒ほどして消えてしまった。
「なるほどな。と、いうことは…」
私は再び火球を木人に撃つ。
次に左手により氷塊を創り出すと、木人の頭上からそれを落とした。
やはり私の読みは合っていたようだ。
炎を使い続けたとき、右腕を駆け巡るような熱さがあった。
今はそれが左腕に移っているのをハッキリと感じる。
そのまま私は左手から氷塊を続けざまに撃ち続けた。
「おぉっ、これはっ…!?」
氷塊を創り出す際に体内のマナ消費を一切感じなかった。
私は無我夢中になり、木人にこれでもかと氷塊を落とし続けた。
砕けた氷のつぶてが木人の半分の高さまで積み重なったあたりだった。
「ちょっとアンタ!何やってんの人の家の庭で!?」
家主の怒号がなければ、この庭はイシュガルドになっていたことだろう。
その声と家の主はララフェル族で裁縫師を生業とする者だった。
そのため、私は家の門までなだれ込んでいた砕氷を手作業で片付けることとなった。
-翌日。
私はイルメグに足を運んでいた。
目的はピクシー族の手伝いだ。
Lv70の黒魔道士としての戦い方をより深く把握するまで
私はここで働くのが最適だと判断した。
ちょうど今日はフラワーバスケットやローズベアなどの退治の依頼があった。
既に基本の戦い方を熟知した私には好都合だ。
私は任せておけと言い残すと颯爽と目的地へと向かった。
敵と対峙し、私はまず【ファイガ】を放つ。
私はこれを【悔恨之焔】と呼ぶことにした。
何故ならば、この炎こそ敵が感じる最後の熱となるからだ。
炎が直撃し、所々に小さな焼け跡を星のように煌めかせている敵に対し
私は高らかに宣言する。
「我はシヴァの子!氷の山頂に冠する氷雪の環は我が力の奔流なり!
絶対零度に包まれながら眠るが良い!」
そして私は敵の四方八方から氷塊をこれでもかと撃ち続ける。
私の連続【ブリザガ】は容赦なく敵を滅多打ちにし、地に沈めた。
この連携は素晴らしいの一言に尽きる。
マナの消費は一切なく、そして魔術を顕現させるために必要な時間も短縮される。
私は強く握りしめた左手から視線を右手へと移した。
「…何か…何かがおかしい…」
敵を倒すことはできた。だが、なにか違和感を感じた。
ハッキリと感じたのは【これがLv70にもなった黒魔道士の戦い方か?】
頭の中で整えられている、まだ使ったことのない魔術の数々。
「いや、そうだ。これは…ありえない」
持ちうる全ての魔術を駆使せずして、なぜ高位の黒魔道士と言えようか?
私は冒険録により確かに強くなったと錯覚していただけだったのだ。
ファイジャ・ブリザジャ、コラプス…激成魔?
頭の中に在る魔術について辿ってみるも、使えはすれど仕組みがよくわからない。
冒険録が与えてくれるのは魔術だけであって、使いこなす技術までは与えてくれないのだ。
「くっ…そもそもファイジャとブリザジャはどうすれば放てるのだ…?!」
私の叫びに呼応するように一陣の風が吹いた。
風はイルメグに咲く色様々の花弁を舞い踊らせる。
そして風によって彼方へと運ばれた無数の花弁の後に、私だけが取り残されていた…。
-つづく-