ケダ・ト・モーイは寝台の上で16回目の寝返りを打った。
「明日を早く迎えたい時は、寝るのが最速なのよ」
小さい頃に母に言われた言葉が脳裏をよぎった。
翌日のピクニックが楽しみ過ぎて眠れないケダを寝かそうと母もあれこれ手を尽くしていたのだろう。
その頃から変わらない自分に苦笑する。
ケダは明日で16歳だ。
ミコッテは16歳からは大人として扱われる。
明日から大人になると言うのに、それが楽しみ過ぎて眠れないとはとんだ大人もいたものだ。
ミコッテには、16歳になるまで決して明かされない「種族の秘術」がある。
氏族の間で口頭伝承される「秘術」で他種族に決して知られてはいけないものであり、それゆえ大人になるまで明かされないのだ。
兄が2年前に母から「秘術」を聞いた時は自分にも教えろと三日三晩暴れ続け、めったに怒ることの無い母からゲンコツをもらった。
あの時、どれだけ駄々を捏ねても教えてもらえなかった「秘術」を、明日ついに教えてもらえるかと思うと目を閉じても全く眠気が訪れてこない。
17回目の寝返りを打ちながら、ケダはふと隣家のハカセのことを考えた。
ハカセはあだ名だ。
ケダと同い年の少年だったが、とにかく何でも知っているやつだった。
学者になりたいのだと、いつも片手に魔導書を抱え、ケダやほかの子供が土まみれになりながら遊んでいるのを遠巻きに見ていた。
細いシルバーリムのメガネにブリオーとガスキンを着こなす彼のあだ名がハカセになったのも自然の摂理というものだ。
ハカセとケダが知り合ったとき、ハカセは(ケダもだが)10歳だった。
だが、10歳のハカセは「種族の秘術」を知っているのだとケダに言った。
ごくたまにだが、16歳を迎える前に秘術を教えてもらえる者がいると言う噂は聞いていたが、ケダには信じられなかった。
「お前が?ウソつけよ」
ケダが一笑に付すと、ハカセはそれ以上は言わなかった。
やっぱりウソかよと流したが、その後親しくなるにつれ、ハカセのあまりの知識量にほんとに知ってるのかもと思うこともあった。
だが、それも明日わかる。
ハカセはケダより2月ほど前に16歳になっているから、明日を迎えれば秘術について二人が話すことは解禁される。
そんなことをつらつら考えながら、32回目の寝返りとともにケダが眠りに落ちた時には、東の空はうっすらと明るくなっていた。
朝食を終えたケダを母が隣室に呼んだ。
いよいよか。
ごくりと唾を飲んでケダは母について隣室へと足を運んだ。
小さなテーブルを挟んで対峙して座ると、母は小さな粘土を取り出してテーブルに置いた。
「ケダ、見て」
母が粘土の上で手をかざすと、粘土の表面が波打った。
小さな突起ができ、それがググッと伸びると半円を描いて少し離れたところに着地した。
丁度持ち手のように粘土の上に半円状の突起が出来た形だ。
ほんの一瞬で出来たそれを見ながら狐につままれたような気分になった。
「えと、それが秘術?」
「そうよ。できる?」
粘土のエーテル構成を思い浮かべながらケダも手をかざした。
神秘学を文化として保有するミコッテは生まれつきエーテルへの造詣が深い。理屈ではなく、本能で簡単なエーテル再構築が出来た。
この程度の再構築などそれこそ5歳の子供でもできる。
母と寸分たがわぬ取っ手を作ってみせると、母は1つ頷いて続けた。
「同じことを自分の腕にやってみて」
太陽が中天に差し掛かる頃、ケダはようやく母に向かって腕を突き出した。
自分の身体のエーテルについて、母から聞いてもなかなか掴めず、再構築には思いのほか時間がかかった。
母はケダの腕の小さな突起を見ると満足そうに眼を細め、テーブルに何かを置いた。
「大人になれば、おしゃれもしたくなる。伊達メガネだってかけたくなるわよね」
そういってテーブルに置いたメガネをケダの方に差し出した。
「ミコッテの耳は他種族とはちがう場所にある。メガネをかけるにはこの秘術が必要なの」
そういわれて、ケダは10歳のハカセが嘘などついていなかったことを理解した。
★★ 蛇足 ★★
「何でもそうですが、正解とは、真実とは、本人が最も納得できる仮説にほかならないのです」
これは「地球儀のスライス」という小説で主人公がつぶやく一言。
なかなかに好きな言葉。
まさに伝家の宝刀。私がそう思ったんだから、私にとってはこれでQEDなんだ!
ちょっとミコッテについて補足。
・ムーンキーパー族は母親を中心とした氏族が2~3程度集まった小さな集団を形成している
・割と多くの子供を産むようだが、出生率は女児の方が相当に高い
・男児の場合、何番目の男児かわかるようなミドルネームが付く(長男ア、次男ト…)
※ケダ・ト・モーイ→モーイ家の二男のケダ読んでくださった方には、惜しみない感謝を贈らせていただきます。