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FF14での魂と記憶と生命エネルギーについて

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黄金やってる時からずっと考えてたこと。(黄金のネタバレありますよ)

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アレクサンドリアの魂資源を知ってからずーっと頭の中で考えていたこと。

どこかのタイミングで魂魄についてのレクチャーを暁の誰かがしていた気がするんだけど、紀行禄漁っても見つけられずにいる。
おそらく魂魄の魂が魂で魄が生命エネルギー、そしてもう一つの要素が記憶となっていた気がする。

魂魄は新生の頃から出てくる要素で、魂&記憶のラハブレアがサンクレッドの肉体(生命エネルギー)で活動したりしていたし、ゼノスも然り。
漆黒ではエメトセルクがアゼムの魂を見分け、古代人の指摘によりアゼムの魂は独特の色合いがあることがわかった。ゼノスなども魂の様子で個別認識を試みられていたところがあり、かつては同じ魂だった人間は鏡像世界においてもなんだか共通点を感じさせる人物像として描かれていた。
つまりその人がその人足る要素は記憶もさることながら、魂にもその要因があるんだと思ってる。

黄金で登場したアレクサンドリアでは、死後に魂が星界に還って記憶を漂白されてるという過程を技術的に再現している。違うのはそこからで、まっさらの状態で生まれて生きていく中で記憶を積み上げていくのではなくて、いきなりすでに生きてる人の記憶が入る。
それはどうなんだろうっとずっと思っていた。
その人がその人たる要素は記憶の方が圧倒的に強いと思っていて、だから記憶が多ければ多いほど魂の影響は薄くなるし、例えばうっかり死んでしまった赤子に別の魂をあてがって蘇生した場合は、本来の星界から生まれた状態に比較的近いのかもしれない。
でもほかの魂に蓄積された記憶が一人の人を作り、魂の部分だけいきなり挿げ替えてまた生きて記憶が蓄積し……というのはなんというか、副作用はなかったんだろうか。
例えばアゼムの魂を持って生きてきた自分が事故死した時にレギュレーターがくれた魂資源がゼノスの魂でした、となった時、蘇生された自分はアゼムの魂で生きてきた自分と同じと言えるんだろうか。
完全に記憶の残滓まで除去しているらしいから、自己同一性には問題がないのはわかってる。
ただ自己同一性はあくまでも主観で、現実でも客観的に見たら病気や老化で人格に変化があっても本人は自分は何も変わっていないと思ってることは多々あるから、魂が変わった後の自分が客観的に変わっていないかと言われれば変わっていてもおかしくないと思う。

というか、死んだ直後は自分の記憶を持つアゼムの魂と自分の記憶を持つゼノスの魂が同時に存在するわけで、例えば両方が生きている状態で顔を合わせたら、全く同じ存在と言えるのだろうか?
これまで生きてきた記憶は全く同じでも、アゼムの魂を持つ自分とゼノスの魂を持つ自分が未来に行うであろう選択は実は結構違うんじゃないかなと思ったりする。
でもアレクサンドリアの人々もスフェーンもあまりその辺りに頓着していないというか、まるで魂は記憶さえ完全に取り払ってしまえば区別のない全く同じもの、魂自体に個性はない(または極めて軽微)と考えているように見えて、そこが大丈夫かな?って今でも思ってる。
そしてそういう意味で、自分はアレクサンドリアの魂資源という考え方に抵抗感があるし、レギュレーターを勧められても他人の魂に違和感を感じて断ると思う。

改めて魂とは何なのかということを考えさせられる拡張だった。
原初世界の人間はなんだかエーテルが濃ゆいのも、14分割されてた魂が世界統合の度に合わさっていったからだとしたら、魂は記憶の有無に関係なく自分と同一の魂を見分けているということになる。
アルバートの魂は最後にヒカセンと融合したけれど、あれも元が同じ魂だからできたことみたいだから、そうすると何らかの個体識別がある。だから違う魂に記憶が乗り換えたら、やはり何かあると思うんだよ。
ただ特にその点については言及もなかったし、あそこまで普及しているアレクサンドリアでは問題は認識されていなかったんだろう。

一方で記憶についても死者にまつわる記憶が消えると言うところで思うのが、あの国の人たちは結構な勢いで記憶をなくしていっている。確実に両親の記憶はどこかのタイミングでなくなってしまうことになる。その人と共有した記憶がなくなるのであれば、両親と暮らして成長した人の場合は両親が死んだタイミングで子供のころの記憶がごっそりなくなるんじゃないんだろうか。
例えるなら父親とキャッチボールした記憶とかなくなるし、両親に祝ってもらった誕生日の記憶とかもなくなるということになる。
誰か大人と子供の頃にキャッチボールしたなあ、とか、大人の男女が誕生日にケーキを買って歌を歌ってくれたがあれは誰だったのか、とか、子供の頃の記憶はもう友達のものしかないのよとか、そんな状態になっても雲の上に記憶を預けちゃったと笑えるのであれば、なかなかのメンタリティだと思う。
そして誰もが魂を変えながら記憶を引き継ぎ、そして記憶を失って生きている。
それってどういうことなんだろうか。
自分とは何なのか、自分とは誰なのか、何が自分を自分たらしめているのか、その辺りが曖昧になっているような、そんな印象はある。
逆にそうだからこそ、あまり強いエゴはないとかあるのかなあ。なんというか、スフェーンが稼働している間は割とみんなが穏やかで淡い色合いの国っぽかった気がする。(街中のゲーミング色の意味ではなく)
働く気になったら働くんだよって言ってくれる王様の下で衣食住を保証された暮らしだし、替えのライフなしで生きるのは怖いからスペアをもらうために働こう、は飢えて死ぬから食い扶持かせがねばというより大分……なんというか、優しい?濃淡が薄い?感じがする。
それだけにスフェーンが稼働停止してたいま、彼らがどうなるのかはわからない。
永遠人にはもうなれないとしても、魂資源の供給はこの先も続くとして、しかしいつまで続くのか。
アレクサンドリアは事実上敗戦した状態で、武王を継いだグルージャはまだ子供。
国としてはものすごく危うい状態なのできっとここから何か始まるんだろうな。





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