流行りものに、あまり興味を持たない性格のようだ。
2025年夏、現在進行形で流行っているものがパッと頭に浮かばない時点で、必要最小限なこと以外、世の中から隔絶して生きているような感覚がある。
いつが全盛期だったのかは記憶にないが、タピオカミルクティーが話題になってそこかしこに店舗が増殖していた時も、全く手を出すことはなかった。ミルクティーになんかブツブツしたものが入っているらしい、程度の知識しかなく、カルーアミルクを吞みながら海ブドウを食べていて「こんなもんなのだろうか」などと思っていた。ちなみに、カルーアミルクと海ブドウは全く合わないので、おすすめしない。ぜひ一度、お試しあれ。
現在もおそらく大人気である鬼〇の刃なども、一度として見たことがない。
「炭治郎」とFCのチャットにでてきて「スミジロウ」と読み、とっとこハ〇太郎の一種かと思ったぐらいである。ちなみに、とっとこハム〇郎もよく知らない。へけ。
その当時夢中になって読んでいた漫画はとみ新蔵の「薩南示現流」やながやす巧の「壬生義士伝」であり、なんとなく雰囲気的に鬼滅〇刃と近からずも遠からん、でも全然違うわ、ということでやっぱりなんもわかっていない感じなのである。ちなみに薩南示現流と壬生義士伝に伏字を使わないのは、私のおすすめだからである。ぜひ一度、ご一読あれ。「絵が好かない」とか言ったらチェストしもんそ。
さて、流行りものに乗らない私が流行りものを語るのも難があるが、流行に乗るというのは、現在の時間軸に心身を置いて生きていることを実感できるという意味において、決して悪いことではないように思う。
何よりも新鮮な話題を他者と共有できるという事では、コミュニケーションのツールとしては即効性のある媒体である。
故に、私がコミュ力に乏しい事は明白なのだが、そもそもひとりでいる事のほうが好きなので、無理をして流行りを追い中途半端な知識を晒して痛い人間になるよりは、我が道を進み、世の中との接点があれば
覗き見る、程度の立ち位置で良いような気がしている。
流行を追うも追わないも、そこに確たる自己がある限り、決して毒にはならないことだろう。
(ナイトプールってなんだよリア充とかパリピとかみんな爆発しくぁwせdrftgyふじこlp……)
さて、FF14である。
PCが壊れた。
どうあがいても自分の力ではどうしようもなかったので、修理に出した。
壊れてから1か月半ほど経ち、ようやく手元に戻ってきた現在である。
FF14の再インストールに4時間ほどかかり、その間、今までのデータがどうなっているのかの不安が最高潮に達した。バックアップなどもとった記憶がないので、下手をすればゼロからの再スタートになるのではないか、と絶望感に襲われていた。
結果としては、PC内に保存していたUIやスクショ、ポートレートなどの情報が失われただけで、進行状況や所持品は無事であった。やれやれだぜ。
そんなわけでFF14がプレイできない空白の期間があり、今回こそはやろう、と思っていたコスモエクスプローラーやクレセントアイルが、一切できなかった。
つくづく、私は流行りものに縁がない人間である。
今までも様々な新コンテンツが展開されてきたが、基本的に週末プレーヤーである私は、それらが一番熱くなっている時期を逃すのが常であった。
それもどこかの時点で諦めがつき、新コンテンツは序盤にちょっと触れるぐらいにとどめ、メインストーリーを追い、ジョブのレベル上げや操作感を楽しみ、ロドストのネタ探しなどに勤しむようになった。
他の人からすれば、同じようなことの繰り返しが楽しいのだろうか、と思われるかもしれない。
それに答えるならば、ものすごく、劇的に楽しい、というわけではない。
日常生活の延長と呼べるぐらい、平坦な気持ちで遊んでいることもある。
ただ時折、たとえばルレを回している時にいつもと違うことが起こったりすると、楽しかったり憎たらしかったり、そういったものを全部ひっくるめて、愛おしいような感情を味わうことができる。
ギャザクラはやらない(続かない)、戦闘好きだが高難度コンテンツはやらない、と非常に中途半端な立ち位置ではあるが、自分が快適に遊べる程度を把握した上でのプレイスタイルである。FF14を細く長く続けていられる理由は、その辺りにあるのではないかと思っている。
今回、PCが壊れて改めて、FF14を大事に思っていて、日常の一部になっていることを実感した。無事復旧して、めでたしめでたしである。