Personnage

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写真がとりたい ―蛮神(?)OneDrive討滅戦―

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雪の日が多いから、晴れた日の空がどこまでも青く感じる 
 

 

 

 写真が撮りたい


 
 ならば撮ればいい……のだけど――




  (……楽しそうだなー)

 僕は、自分と同じく《若葉マーク》を頭につけた冒険者さんが、頭上のマークを《カメラのマーク》にかえて写真撮影に興じる姿を眺めていた。
 
 ほんの少し前までのここイシュガルドときたら、聖徒門を抜けたところにあるエーテライトの近くですら人の姿がまばらだった。ただでさえもこの都市は灰色の街並みに、降りしきる雪、どこからともなく聴こえてくるもの悲しげな音楽と、旅の終着点みたいな場所だというのに、おまけに街を歩いていても誰ともすれ違わないことまであった。
 早くこの都市を出て、冒険者がたくさんいるところに行かないと、このまま雪に埋まってしまうんじゃないか、なんてそんな気持ちにもなってくる。
 
 ――けれど、近頃のイシュガルドはひと味違う。
 
 本当にたくさんの冒険者を見かける。何が起きたのか、詳しいことはわからないけれど、それがとても良いことなのはわかった。この都市に活気が満ちているんだ。悪いことのわけがない。
 人が多いということは、いろんな人がいるということ。真っ黄色な格好の人を見かけたり、氷点下なのに裸の人を見かけたり、そうかと思えばとってもお洒落な人を見かけたり、走ったり、跳んだり、柱にぶつかったり、噴水の中で寝ていたり(永眠しちゃうよ)、と散歩がてらに眺めているだけでも刺激がもらえる。
 何か新しいことを始めてみるのも悪くない。そんな気分にさせてくれる。釣りもいいかもしれない。お洒落にチャレンジするのもアリかもしれない。料理はどうだろう。家が欲しい……はちょっと違うか。
 そんな中で、僕が一番、興味を惹かれているのが《写真》だった。
 冒険者とは名ばかりで、ここ一月(ひとつき)ほどは、《エオルゼアと冒険者の軌跡》について書かれた本(通称ロドスト)を読んで、自分が冒険している気分になって満足するという、かなり危うい状態の僕からしたら、写真はまさに憧れの対象だった。
 本には挿絵代わりに写真が載っていた。《仲間》と撮った写真とか、家の写真とか、この世のものとは思えない風景とか、なんてことのない日常のワンシーンとか。撮っている人が『楽しんでいる』のがわかる。『この一枚を見てくれよ』なんて自信が伝わってくる。素敵だな、羨ましいな、という気持ちは、いつしか、自分が撮ったら、どんな写真になるのだろう、自分だったらどんなふうに撮るのだろう、という好奇心に変わっていった。写真の撮り方について書かれた頁(ページ)を熟読したりもした。
 でも実際に撮ったりはしなかった。何事もやる前の想像をしているときが一番楽しい。いざやってみると、あまりの不出来にがっかりするのが僕の常だから。
 がっかりしない為には、初めからやらないこと、これって《利口》な考え方だ――また一人、写真撮影にいそしむ冒険者さんを横目に僕は思った。
 
 彼はトームストーンを片手に写真を撮っていた。
 ラストヴィジルの広場から、イシュガルド教皇庁の尖塔を仰ぎ見る。背後にはクルザスの山並み――『ここで写真を撮ってください』と言わんばかりの場所で。
 
 『ここじゃない』、『今じゃない』と僕は、日課のダンジョン探索へと繰り出した。

 
 


  何事も、始めるのには相応しいタイミングというものがある。思い立ったが吉日なんて言うけど、まさしくそのとおりで、やってみようと思ったらさっさと始めるべきだ……なんてこの頃の僕は思う。そうしないと、踏ん切りがつかなくなって、始めるタイミングがもうやってこないこともある。それはなんというか、とても、もったいない気がするから。
 
 写真に興味を持った日から、早くも一月近くが経っていた。
 僕は結局、写真の撮り方を知識として蓄えた頭でっかちと成り果てていた。どういうわけか、もうそれほど写真を撮りたいとも思わなくなっていた。僕にとって、写真は見るもので、撮るものではなかったのかもしれない。
 それでも、特別なきっかけさえあれば、良い写真が撮れる、という根拠のない自信だけはあった。
『本気を出せば……』というやつだ。
 僕をその気にさせるような、特別な場所、特別な時、そんなものにまだ出会えていないだけ。感情が揺さぶられるような、劇的な瞬間があれば、最高の一枚を撮ってみせるのに……。
 いつもの日課を終えて、ダンジョンから帰ってくると、あたりはすっかり暗くなっていた。今日も何の変哲もない一日だった。通い慣れたダンジョンに行って、挨拶をして、お別れをして、帰路に着くそんな日々。そんな日々に飽き飽きとして冒険者になったはずなのに。
(かっこよくて、きらきらした仲間と、世界を巡る大冒険、そんな日々だったら、毎日、素敵な写真が撮れているのにな……)
 ダンジョンからの帰り道、【デジョン】を使って、イシュガルドのエーテライト前まで瞬間移動すると、僕はぼーっと考え事をしながら聖バルロアイアン広場へと続く、石造りの階段を上っていた。
 かつて、雪原を抜けて、やっとの思いでこの都市に辿り着いた自分は、何を思いながらこの道を歩いていたのだろう。イシュガルドの壮麗さに感動を覚えたりしたのだろうか。これからの冒険に思いを馳せたりしたのだろうか。もう忘れてしまった。そうだった気もするし、そうではなかったような気もする。毎日、同じことを機械みたいに繰り返している所為で、僕の感情が死んでしまったみたいだ。
 それでも雲霧街にふらりと迷い込んでしまったときの嫌な記憶だけはしっかりと残っている。当たり屋にぶつかられて、走って逃げたのだけど、それからしばらくは、居場所を突き止められて取り立てにこないかとびくびくとして過ごしたっけ。
 そんな曰くつきの道もすっかり覚えてしまった。今では前を見なくても歩いていられる。覚えていると便利なことが頭のキャパシティを埋めていく。そのかわり、もっと大切なことを忘れていっているような気がする。これが成長できているということなのだろうか。
 もう雲霧街を彷徨って恐い思いをすることもない。うっかり上層に出て場違いな思いをすることもない。でも新しい抜け道を発見することもない。野良猫の王国を見つけたり、この都市の端っこで竜騎士のポーズを決めて黄昏ることもない。
 ――もう迷わない。
 ここのところダンジョンに対する苦手意識も幾分か薄れた。相変わらずへっぽこだけど、自分のへっぽこ具合いに慣れてきた。自分にも何かできるという期待を、それは甘えだと切り捨てた。
 冒険者に成り立ての頃は、ダンジョンから帰ってくる度に落ち込んで、塞ぎ込んでいた。視界がぎゅっと狭まって、息苦しくて、早く眠ってしまいたいなんて思っていたのに、今ではさして疲れも感じない。ボロボロの雑巾みたいになって帰ってくることもない。自分の駄目さ加減に落ち込むこともない。自分にやれることを、自分なりの精一杯でこなす、なんて《利口》な手段を覚えたから。
 でも、あの頃のように、嬉しかったり、楽しかったりすることもない。成長できているはずなのになんでだろう。
 広場の真ん中に鎮座する《蒼の竜騎士》バルロアイアンの石像は、今日も肩から上を失った無残な姿を晒している。かつての救国の英雄でさえ、この都市では忘れられてほったらかしにされるのだ。どんな想いでこの石像を建てたのかなんて知る由もないけど、ありがとう、なんて一時の感情だったのだろう。
 街灯がぽつりぽつりと灯り出した。見る者の心の持ちようによっては、その灯りすら優しくて暖かく感じられる。ただの人工物の灯りなのに。
 きっと同じだ。あの頃の僕の感情も所詮は同じ。まがい物。偽物だったのかもしれない。汚泥の中の綺麗な石が、宝石に思えたみたいに。雑草の中に混じって咲く花が、尊いものに思えたみたいに。ずっと下の下の方、最下層の掃き溜めにいたから、光るものはなんでも特別に思えたのかもしれない。本物なんて見たこともないから。
 周りなんて見たくなかった。近くなんて見たくなかった。遠くを見たかった。空を見たかった。どこか別の世界が見たかった。自分のいない世界、ありもしない世界。僕がいる場所は汚いところだから。ここは空っぽで、誰もいないところだから。
 見えてしまうと、嫌でも思い知らされるから、閉じこもって、ふさぎ込んで、目を閉じて、耳をふさいで、口を噤んでいたのに。光に吸い寄せられる羽虫みたいに、ふらふらと現れて、その光に目が眩んでいるうちはよかったけれど、やがて周りが見えるようになると、どこまでも続く真っ白な《がらんどう》に、ガラクタと羽虫が一匹在るだけ。
 成長している、それが何だというのだろう。こんなところを飛び回れるようになったって仕方がないのに。見たくないものを、見れるようになったって仕方がないのに。
 
 ただ、あの日見た光が忘れられない。あの暖かさが忘れられない。誰かがいるということ、一匹じゃないということ、あの心の底から込み上げてくるような熱が、あの感情が忘れられない。本物か偽物かなんて、どうでもいい。ただの小石だったとしても僕にとって宝物だから。でも、どうせだったら、本物の《宝石》にしたいんだ。綺麗だねって言ってくれた人に、間違ってなかったよ、って伝えたい。
 確かに、この成長は僕の望んでいた形ではなかった。
 それでも、今はあの頃よりは周りが見える。
 
 だから気づけたのかもしれない。
 
 薄っすらと霧が出ている。それなのに、相も変わらず写真を撮っている人がいた。
 僕は思った。どうして? と。
 どうして今、写真を撮るのだろうと。そんなのは他人(ひと)の勝手だ。当然、考えたってわからない。けれど、それなら、どうして僕は、今じゃない、と思うのだろう。
(……嗚呼。そういうことか)
 つまるところ僕は、写真を撮りたいんじゃなくて、撮った写真を誰かに見てほしいんだ。誰かに、良い写真だね、って認めてほしい。だから、特別な場所で特別な時に写真を撮りたいんだ。特別ではない人間が特別な写真を撮る最良の方法がそれだと信じて。
 
 ――でも、それでも、いいじゃないか。
 
 そんなふうに思えた自分が意外だった。自分で自分を否定するのが大好きな人間。それが僕だと思っていたから。でも考えてみれば、それでもいいんだ。動機なんて人それぞれだし、どうせやるなら良いものにしたい――それの何が悪いのだろう。
 だから頭の中で最良のものを思い描く。想像する――それだって悪くない。
 そして手をつけて、理想との乖離にへこんで放り投げてしまう――それが良くない。そこをぐっとこらえて、くしゃくしゃにするのではなく、もう一枚、そうやって積み重ねることが大切、そんな気がする。
 あんなに苦手だったダンジョンだって、その結果がどうであれ、だんだんと慣れてこれたのだから、写真だって、ヘタクソだったとしても、何枚も撮ればいいじゃないか。いろんなところで、いろんな人と……撮れるようになればいい。
 
 その時は唐突にやってきた。
 特別な場所でも、特別な時でも、ないのかもしれないけど、今の心境ならきっと『良い』写真が撮れる、僕はそう思った。憧れたあの写真みたいに、楽しんでいるのが伝えられるんじゃないかって。
 
 写真は撮る人の心を映すのだから。
 
 僕は自分で自分が恐ろしくなった。まさか写真を撮る前に、写真の奥義に気づいてしまうなんて……。
 
 

 

  僕は鞄の中に眠っていたトームストーンを撮りだした。若葉マークの冒険者さんが写真を撮っている。僕は『あいつも写真とってるぜ』と思われるのが、なんだか恥ずかしくて、頭上にカメラのマークが出ないようトームストーンをいじくって設定を変更した。写真の撮り方はロドストでこれでもかと予習していたけど、このカメラマークを消す方法を見つけたときが一番嬉しかった。
 準備万端だ。これより【グループポーズ】を起動する。
 
 トームストーンの画面が切り替わると、様々なアイコンとスライダーが表示された。試しにスライダーを目一杯スライドさせてみた。画面がもの凄く眩しくなって、目がチカチカとした。
(なるほど……さっぱりわからない) 
 ああでもない、こうでもないと、とりあえず一通り触ってみたけど、僕にはグループポーズを使いこなすことはできそうになかった。まあ、それは想定内だ。ロドストで予習していたときも、難しそうなところは飛ばし読みしていたから。技術、戦術よりも、最後はプライドと意地が大切、確かそう書いてあった。
 僕は深呼吸をした。
「……よし」
 いよいよ、シャッターをきるときだ。

パシャリ (スクリーンショットの保存に失敗しました)

パシャリ (スクリーンショットの保存に失敗しました)

パシャリ (スクリーンショットの保存に失敗しました)

 どうやらこの絞り値とやらを調整するとそれっぽい写真が撮れるみたいだ。

(……楽しい。これはハマる人の気持ちがわかる)

パシャリ (スクリーンショットの保存に失敗しました)

 僕は何枚か角度を変えながら、写真を撮った。霧の中に浮かび上がるイシュガルドの街並みだ。これも時代の流れだろうか、ファインダー越しならぬ、トームストーンの画面越しのイシュガルドは、いつもよりも不気味だけど、荘厳な美しさが感じられた。風に揺らめく擦り切れたイシュガルドの国旗ですら、趣があるように思えてくる。実際は、千年間も竜と戦争を続けている所為で疲弊しきっているこの都市を象徴しているだけなのだけど、それすら侘び寂びなんて言葉の魔法に内包できる気がしてくる。写真の力、恐るべしだ。
(すっかり見慣れていたけど、こうやって見ると、イシュガルドって絵になるなー)
 僕はしばらく夢中でシャッターを切り続けると、やがて満足して撮影をやめた。
 率直にいって、かなり良い写真が撮れた気がする。自分で作った料理が美味しかったりする、あの現象と一緒だとわかっていたけど、それでも良いものは良い。どんな出来映えだろう。ツリーの下のプレゼントを開ける瞬間のようにワクワクとしていた。こんな気持ちになるのは随分と久しぶりな気がする。それだけでも写真を撮ってみてよかったと思えた。
(……何が『感情が死んでしまった』だ。ちょっと突っつけばすぐ起きるじゃないか。ほんの少し昼寝をしていただけだ)
 僕はさっそくトームストーンの中の写真を確認しようとした。


……ない


……ない


……どこにもない

 
 ――写真が保存できていなかった。
 
「……」
 僕は喉元まで出かけた溜め息を飲み込んだ。
 こんなところでも僕の無能……ポンコツぶりが発揮されたみたいだ。写真が保存できないなんて……。僕は恐ろしくなった。写真の保存もできないくせに、奥義がどうとか言っている自分のことが。
 だからやめておけばよかったんだ。できもしないことに手を出すからこうなるんだ。飛んで火にいる夏の虫っていうだろ。明るいからって闇雲に近づくからこうなるんだ――僕の中の弱気の虫が騒ぎ出した。
 わかってる。でも、何かしようとしてつまずくのには慣れている。すんなりと行くことの方が珍しい。
こういうのは往々にして些細なことが原因なんだ。
 僕は弱気の虫を追い払った。 

(せっかく良い写真が撮れたのにもったいないな……)
 僕はちょっぴり残念に思ったけれど、気を取り直してトームストーンの設定をいじった。さっきまでの高揚感が残っているからか、普段なら落ち込みそうな出来事だけど、気持ちはフラットに保てていた。
 なんてことはない。どうやら保存先の指定が上手くいっていなかったみたいだ。
(ほら、大したことなかった。これで大丈夫)
 僕は再びシャッターをきった。

パシャリ(スクリーンショットの保存に失敗しました)


やっぱり、ダメだった。

 気持ちが沈んでいく。冷たい泥でできた底なし沼に、片足がずぶりと入ったみたいに。
 これでは良い写真が撮れない……気持ちはフラットに……大丈夫、みんな簡単にやっていることだ。
 そう、写真はみんな撮ってるのだから、きっと何か解決策があるに違いない。そもそも写真を保存するのがとっても難しかったら、こんなに流行っていないだろうし……。みんなはどうやって撮った写真を保存しているのだろう。

 そうだ。フレンドに訊けばいいじゃないか。

 

……フレンドいなかった

 僕はやるせない思いを抱えてトームストーンを鞄の奥に押し込んだ。
「はあ……」
 我慢していたのに、気づくと口から息が漏れていた。溜め息をつくと幸せが逃げていくらしいので、あんまりつかないようにしているのだけど、さすがに溜め息のひとつくらいはつきたくなった。

 ――いや、諦めるのはまだ早い。
 こんなときの為にビギナーチャンネルがあるじゃないか!
 その昔(といってもそんなに前じゃないけど)、僕が挨拶すらまともにできなかった頃、ビギナーチャンネルに挨拶の仕方を質問したら、見事に解決してくださったじゃないか。あの要領で、写真の保存の仕方を質問してみればいい――強気の虫がそう言った(強気の虫なんてのがいるのかはわからないけど)。

 ……でも、あのときとはちょっと状況が違う。挨拶はできないと困るものだ。だって《相手》がいることだから。僕ではなく相手の人が不愉快な思いをするかもしれないから。けれど、写真は僕が勝手に困っているだけだ。それに……あのときみたいに答えが返ってくるとは限らない。誰も答えを知らないかもしれない。――それならまだいい。知らないのに、調べてくれるかもしれない。それなのに、僕が上手く実行できないかもしれない。そんなことになったら――僕の中に巣くう弱気の虫がそう言った。

(無理だ……。写真は諦めよう)
 僕は弱気の虫に屈した。
 




  僕は写真のことは諦めて、宿屋に帰って寝ることにした。お腹は空いていなかったけど、ダンジョンに持っていった干し肉の余りを少しだけかじって、水で流し込んだ。
 僕はたいていのことは寝れば忘れる。忘れられなくて心の中にモヤモヤとした霧が立ち込めることもあるけれど、たくさん寝ればいつか忘れる。嫌なことも悩みごとも、過ぎ去ってしまえば過去の出来事。ただの体験談だ。だからさっさと寝てしまおう。
 宿屋の寝台の硬さにも、かび臭い部屋にも、慣れた。いつかここを出て、ふかふかのベッドで眠りたいなんて思っていた時期もあったけど、ここだって悪くない。痛いのにも慣れた。悔しいのにも慣れた。自分自身に《慣れた》。
 慣れたはずなのに。
「……」
 なかなか寝つけないものだから僕は本(ロドスト)を読んだ。時折強い風が吹くと、窓がガタガタと音を立てた。気づけば、滲んだ視界で未練がましく写真を眺めていた。いろんなストーリーがあって、この一枚が撮られている。そのストーリーに思いを巡らせるのが楽しかった。自分以外の誰かの存在が少し身近に感じられる。
 写真って奥が深い。思い描くだけでは形にならない。その場所にその時に在らないといけない。その世界に存在しないといけない。だから、写真を通して撮った人の姿が見える。僕はここにいるよって伝えられる。
(やっぱり……写真がとりたい) 
 僕は部屋の隅に放り投げてあった鞄をあさってトームストーンを取り出した。寝台に座って、本を片手に何か解決策がないか探した。それらしきものもあった。
 
 でもうまくいかなかった。
 
 やれることはやったけど、ダメだった。けれどそれはやる前からダメだったのとは違う。またいつか写真を撮ろう。きっとその時はくる。それまでは眺める側で我慢しよう。
 僕は免罪符を手にすると、そっとトームストーンを傍らに置いた。
 今日もまた一つ可能性の芽を摘んだ、それでいいじゃないか。もう疲れたし、眠って忘れてしまえばいい。朝になったら、何をそんなに頑張っていたのだろうと、すべてが馬鹿らしく思えるのだから。
 《利口》になりたい。《利口》に生きたい。自分にできることを知りたい。自分にできないことを知りたい。諦めたい。諦めきれない。
 《利口》になんて生きられない。終わりまで《馬鹿》でかまわない。
 僕はまた探し始めた。
 これは(ロドストは)、この世界にあふれているありふれた人達の冒険譚。
 壮大なサーガとかそういうのじゃない。
 自分を飾る人もいれば、飾らない人もいる。
 誰かの為に書く人もいれば、自分の為に書く人もいる。
 小さな世界の物語。僕のいる世界の物語。
  
 だから当然、そういう章があったって不思議じゃない。

『決戦、OneDrive(仮)』

 僕はすがりつく思いで一読した。

 これだ!
 
 僕は偉大なる先人への感謝の念を胸に、トームストーンを引っ掴んで跳ね起きた。
(OneDrive……OneDrive……ない。いや――ないのがいけないんだ)
 僕はOneDriveをインストールした。設定をいじって、今度こそ保存先をきちんと変更して、OneDriveはアンインストール。
 これでどうだ!

 パシャリ

 トームストーンの中を確認すると――写真がちゃんと保存されていた。
 僕は嬉しくなって、外套を羽織って、夜のイシュガルドに飛び出した。
 この都市を包む冷気が、僕の夢見がちな頭を瞬く間に覚醒させた。それでも夢中でシャッターを切った。
 ただただ、写真を撮るのが楽しくて、気づくと何十枚も撮っていた。
 立ち込めていた霧は、冷たい夜風に吹かれて、何処かへと消え去っていた。
 仰ぎ見れば満天の星空が広がっていた。ビロードのような漆黒の空に、無数の一等星が輝いている。こんな日は、空が近くに感じられる。ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ。星々はまるで、宝石箱をひっくり返したみたいに散らばっている。手を伸ばしたら、あっさり手に入ってしまいそう。今夜は雪のかわりに、宝石が降る夜、なんて洒落ているじゃないか。
 僕はトームストーンを構えた。
 
 けれども不意に、あまりにもその光景が出来過ぎていて、造り物のように思えてしまった。そんな自分に苦笑した。これこそ劇的な一枚と、どうして写真にしないのだろう。とっても良い光景なのに。
 
 答えは決まっていた。最初からたぶん決まっていた。宝石の降る夜も悪くない。
 でも、この都市の空には、この心を映すには
 
 
 蒼天こそ相応しい






END
Commentaires (3)

Annei Luulee

Carbuncle [Elemental]

こんにちは、やっぱり面白い👍
ボリューム多いから分けると自分も楽かな😊
書くのはすごく楽しいですね。
SS撮るのも楽しいです。
要所で入れると伝えたいことを
目から訴えることができるよ☺️

これなら、私は5話くらいにしますw
ルークスさんすごいです。
また書きたくなったら書いてください。
楽しみにしてます。

Lux Xiv

Carbuncle [Elemental]

アニーさん こんばんは!
まさかこの『僕の一押し日記(閲覧数10)』にコメントがいただける日がくるとは……。
驚きましたが、とっても嬉しいです!【踊る】

書くのは楽しいです。読むのも楽しいです。SS撮るのは楽しいけど苦手ですw でもSSは14を14たらしめんとする(?)表現の仕方だと思っているので、いろいろ試しながら精進したいです(今のところ挿絵として使うか、SS日記の真似をするくらいしか思いつかないですけど……)。自分の日記の要所がどこかわからないですw

この日記を書いてるときに、『アニエン譚』のように分割しようかなっと考えたのですが、誰にも見てもらえない可能性を考慮したら恐くてできませんでした! 実際この日記ほとんど見てもらえてないので正解でした! (死にかけのメンタルですごく頑張ったんだ、みんな見てくれよ……)

アニーさんにはアニーさんのやりたいことがあるように、僕もエオルゼアでやりたいことができました。それも、一気にたくさんできました。これって素敵なことですよね。

アニーさんが《自分》の世界を広げたその勇気に特大の敬意を。
【応援】します!

Annei Luulee

Carbuncle [Elemental]

るーくすさん

返答ありがとうございます。要所っていってみたものの、逆に困らせてしまったようですね。すいません。色々試してみてください。
 せっかく自分が生み出したものですからね、誰かにみてもらい気持ちはすごくよくわかります。でも、見てもらえればるーくすさんの良さを分かってくれる人がたくさんいると思います。詩人の谷川さんが詩は商業的側面を意識していると言ってました。手に取ってもらえる努力はあるていど必要なんだと思います(偉そうに聞こえてたらすいません)。それは心に残るSSであったり、綺麗な風景であったり、結局は自分の好きなものをちりばめたものになるんですけどねw
 エオルゼアでやりたい事ができたのは素敵なことだと思います。リアルを大事に、そのやりたいことが少しずつ叶えばいいですね^^
 【拡がる世界】ですね。色々経験しましたが、隅っこで楽しんでいきますw
 わたしも応援してますよ~。ながくながーくなりましたw 
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