夜闇の中を船は進んでいた。
航路に問題はない、
シリウス大灯台から照らされる明かりを目印に、リムサ・ロミンサへと向けて船は進んでいた。
それは唐突なことだった。
何も無かった鉱路上に、突如として船影が浮かび上がる。
どうして気付かなかったのか、船長は操舵員にあわてて舵をきらせる。
しかしまるで吸い込まれるように、その船へと向かって自分たちの船は近づいていき…。
―――これが、事故直後にこの転覆事故の加害者となってしまった船長が語ったものだ。
ただ、これで終わりではなく。
とある船員が語った話が噂話として広まることで、一夜にしてラノシア中に広まることとなった。
それが、
ぶつかった船のそこに、この世のものとは思えない怪物がはりついていて、
自分たちの船はそこに引っ張られたんだ、と。
リムサ・ロミンサからは転覆した船の乗員の救助のための船も出されたが、
それと同時に、冒険者ギルドへ協力者を募ることともなった。
こうして、救助活動ははじまった…のだ。
しかし、多くの人員を集めて行われたこの大捜索にも関わらず、
生存者…だけでなく、死者の一人として回収されることは無かった。
噂は噂を呼ぶ。
沈んだ船は幽霊船だった。
とか、
沈んだ船には莫大な財宝がつまれていた、
とか、
船員はみんなセイレーンの歌声にやられてしまったんだ、
とか、
船籍不明のこの船の救助活動は、成果を挙げることなく終了し…
これで終わりかと思いきや、
財宝目当てのトレジャーハンターを自称するものたちが、
今度は海中の宝物を求めて無謀に海中探索を始めたり…と、
全てが終わったわけではなさそうで…。
ワインを買いにやってきたままラノシアに滞在していた“僕”は、
商機を感じて、そのトレジャーハンターさんたちが必要そうな荷物を仕入れては
現地で販売することを続けていた。
売れ行きは上々。遊んで暮らせるほどではないが、しばらく旅費には困らないぐらいは儲けられた。
ただ、昨日から急に売れ行きががたっと落ちて、そろそろこの商売も潮時かな、と考えてたころだった。
そんな折、また“僕”とにゃあは再会することとなった。
「…」
にゃあはいつものにゃあではなかった。
いつもなら、何があっても笑顔なにゃあ。
だけど、その日のにゃあは口元を固く結んで、遠く水平線の彼方を見つめていた。
「にゃあ、何かあったのかい?」
「…にゃあはにゃあじゃないのにゃ、にゃあなのにゃ…。」
いつもの台詞にも覇気がない。
しかし、待っても何があったのかは答えてくれそうに無かったので、
とりあえずにゃあの横に腰を下ろす。
何か無いか、と、売り物の袋をごそごそとあさり、
見つけたアップルタルトに切れ目を入れて、にゃあへと差し出した。
「…」
なんとなく、なんでこんなときに食べ物を差し出すんだという目で見られてる気がしたが、
そのあたりは“僕”の人生哲学によるものだから仕方ない。
いや、“僕”というか、母親から学んだものだ。
曰く、「嫌なことがあったら甘いものでも食べて元気出せ」…とのことである。
そんな母親から育ったものだから、何かあるとウマイ料理が食べたくなるのが“僕”でもある。
お陰で各地のウマイ料理はあらかた知っているつもりだ。
ほれ、と催促するようににゃあにアップルタルトを差し出すと、
にゃあはようやくそれを手にとって口に運んだ。
「…おいしいにゃ。」
「そかそか、ほら、まだあるからにゃあも座って食べないか?」
小さなため息を一つこぼしながらも、にゃあもぺたんと腰を下ろした。
「…にゃあは救えなかったのにゃ。」
「…?救えなかった、って、今回の事故で生存者どころか死者の一人すら見つかってないんだろ?」
「…たしかに、事故では死者は見つかってないのにゃ。」
にゃあは、何があったか、をゆっくりと語りだした。
「事故の救助で誰も見つからなかったこともあって、多くの船が引き上げたのにゃ、
でも、にゃあたちは冒険者ギルドの依頼を失敗で終わらせたくなかったのもあって、
…それに…ううん、なんでもないにゃ、
にゃあたちは小船で生存者をずっとさがしていたのにゃ。」
何を言いかけたのかは気になったが、とりあえず続きを聞くことにする。
「そのうち、救助目的じゃない人たちが船の沈没した場所周辺に来るようになったのにゃ。」
トレジャーハンターの人々のことだろう。
今回の商売相手がその人たちだということは内緒にしておいたほうが身のためのような気がしたので
そのことはにゃあには伏せることに決めた。
「そんなあるとき、…アレがでたのにゃ。」
「アレ?」
「巨大な白い足のバケモノにゃ。
…リーダーはクラーケンって呼んでたけど、それが正しいかどうかはわからないにゃ。」
クラーケンといえば巨大なイカのような姿をした怪物だ。
そういえば、幽霊船と接触した船の船員がそれらしき話をしていたという噂話は聞いたことがある。
「にゃあたちは精一杯がんばったのにゃ。でも、…周りにいた人たちが何人もやられたのにゃ。」
「そんな、…そんな話は聞いたことが…。」
…そういえば、昨日から急に売り上げが落ちたことを思い出す。
「今日はあの海域にリムサから軍艦が出動してるのにゃ。傭兵の人たちもたくさんにゃ。
にゃあたちの救助活動は邪魔だからって中止させられたのにゃ。」
「そっか…。」
そこまで話したとき、急ににゃあの言葉が詰まった。
にゃあの両目から涙がこぼれる。
「あの時…。助けてくれ、って、にゃあに手を伸ばしてくれたひとがいたのにゃ。
だけど、にゃあには矢を射ることしかできなくて、もし、にゃあに、ううん、
にゃあたちのだれかに癒しの力があれば、助けることができたかもしれないのに。」
「にゃあ…。」
確かに、この間遭遇したにゃあのパーティに癒しの術を得意としそうなメンバーはいなかった気がする。
「そういえば、さっき…なにか言いかけて止めたよね?
どうせだから、話してみないか、いや、ほら、“僕”には聞く事ぐらいしかできないけど、さ。」
「…。」
少し迷っていたが、にゃあは小さく頷く。
「声を…聞いたのにゃ。はじめて、あの海に出たときに、小さく、誰かの声で、助けて、って。」
「それで、救助に残ったんだね。」
こくり、と小さく首を縦に振る。
にゃあが聞いた助けてという声の主…。
それが幻聴の類じゃなかったとすれば、あの海に誰かいたのか…。
「とりあえず、…無事を祈ろうよ、にゃあに助けを求めてくれた声の主の、
それに、にゃあが助けられなかったと思ってる人の。」
「…ありがと、にゃ。」
「それにしても癒しの力か…グリダニアの幻術士ギルドにでも知り合いがいれば紹介するんだけども…。」
それらしい知り合いのようなものは特にいない、
“僕”じゃ力にはなれないか…。
立ち上がり、頭をかきながら海に向かって歩き出す。
せめて、海に向かって祈ることぐらいだ、にゃあの願いが少しでも叶いますように、と。
と、波打ち際に立っていたその足が何かに蹴躓いて、派手に砂浜に倒れこむ。
「…なにやってるのにゃ…。」
呆れ顔のにゃあがやってくる。
しかし、話を聞いてあげたことが功を奏したか、
にゃあの顔には笑顔が戻っていた。
いや、まぁ、大部分は“僕”がすっころんだことがおかしかったんだろうが…。
「これに躓いたんだよ…。」
手に取ったのは、どこからか流れ着いたのか、ワインか何かの瓶だった。
そこそこ重さはある。
年代もののヴィンテージワインなら、もしかしたら高値で売れるかもしれない…と
頭の中で浮かんだが、それを横に揺らしてみてその考えが甘かったことを知る。
瓶の中にはなにかの塊が入ってるらしいが、液体ではなさそうだった。
瓶の中は曇っていて、何が入っているのかは割ってみないとわからなそうだった。
栓を抜いて中を見ようと思うが、栓はしっかり封になっており、
“僕”がちからまかせに引き抜こうとしたら途中で割れてしまうかもしれなかった。
…まぁそれでも問題は無いのだけれども…。
「ちょっと貸してみるにゃ。」
にゃあが興味を持ったのか手を伸ばす。
ふと、なにかが…。
にゃあの手に瓶を渡した瞬間、…とくん、と瓶が脈打ったような気がしたのは気のせいだろうか。
にゃあは普段使ってるものだろうか、手袋をはめると、瓶の封をおもむろにつかみ、
…ゆっくりと引き抜いた。
僕の手の中ではあれほど硬く閉ざされていた封は、
にゃあの手の中でいともかんたんに開かれた。
『…!』
それは、僕の知らない言葉だった。
頭の中で、その言葉が響いた気がしたが、それは幻聴だったのか…。
「ありがとう…なのにゃ?」
「?…にゃあ、どうした?」
「…ありがとう、って声が聞こえたきがしたにゃ…。」
瓶に魔物でも封じられていたか…とあたりを見回すものの、あたりにはなにも変わった様子はない。
妖異の類が封じられていて、にゃあにとりついてたり、…と思って
にゃあの頭の先から足の先までをじっとみつめていたら
急に怪訝な顔で後ずさられて、なんだか妙な誤解を受けた気がする。
「にゃあ、身体に妙なところとかない…よね?」
「にゃあはにゃあなのにゃ?」
ああ、やっぱりにゃあはにゃあだったか。と納得する。
瓶は内側を海水で洗ってやると、中の汚れが落ちて中身が見えるようになった。
中に収められていたのは、なんらかの石碑の欠片のようなものだった。
欠片には文字が彫られているが、どうやら自分たちが今使ってる文字とはまた異なる意匠である。
歴史学者などに見せればいいのだろうか、…とも思うが。
とりあえず、瓶をにゃあから受け取ると、商品の入ったかばんに大事に詰め込んだ。
その後、にゃあとわかれて別行動を取ることになった“僕”だったが、
リムサの歴史学者の知り合いがいるわけでもなく、
それらしい人に紹介してもらうための知り合いを探している間に夜が訪れて、
リムサに宿を取った“僕”はそのまま深い眠りへと落ちていった。
翌日、目が覚めて、商品のチェックをしていた“僕”だったが、
あのボトルがどこにも入ってないことにちょっとあわてるのだった。
商品が盗まれた…ともおもったのだが、
ほかに無くなったものは特に無く、あの瓶だけがいつの間にか消えていて、
まぁ、大して価値のあるものとも思えなかったので、僕はあのボトルのことをすっかり忘れてしまったのだった。
その後のことを少しだけ話しておくと、
出動した艦隊によってクラーケンは退治される。
幽霊船の正体は海からクラーケンによって引き上げられた、“巣”のようなものだったのではないか、と
それが何らかの影響で海を漂い、リムサ沖までやってきたのではないか、と専門家の見解が出たものの、
それが正しいのかどうかは定かではない。
にゃあが聞いたあの“声”、そして、
“僕”とにゃあが聞いた“声”それらに関してはわからないことばかりだ。
にゃあのパーティはまた海を渡っていったらしく、
“僕”もまた海都での仕入れを終えて、海路でザナラーンへと向かうことになる。
だから、きっとまたどこかでにゃあと遭遇するのだろうな、と、
半ば確信をもって“僕”は次の再会を思い描いていた。
つづく