ベントブランチよりはじまるランバーラインは、黒衣森南部よりザナラーンへと連なる。
キャンプ・トランキルを抜けて、一行のチョコボたちは南進する。
かつての飛空挺発着場、
現在は密猟団クァールクロウ配下の女性たちに占拠されたサウスシュラウドランディングを横目に、
リセははじめてこの場所を訪れた日のことを思い返していた。
道の形は今と同じだったのか、もう覚えていない。
この木々を抜けたところで、自分が襲われたあの日、カザネが助けてくれたのだ。
それが、始まりだったことを覚えている。
あのころの自分が、今の自分を知ったら、どう感じるのだろうか。
いや、そもそも、今の自分はあのころの自分をどう思うのか。
カザネのあとをおいかけることしかできなかったあのころと、今は違う。
今も昔も、カザネの背中を見ることしかできないことは同じだ。
だけど、今は、…今はカザネにとって必要な人になれた…ような気がする。
…と、ふと、何かに気付いた気がした。
(ああ、そうか、私、いつからか、カザネにとって必要な人になりたかったのかもしれない。)
それは幻術士ギルドで、幼いころあずけられていたサンシーカーの集落で、
どこでもそうだった。
自分はここで預かってもらってる子だから、少しでもみんなのためにがんばろう、そう思って生きてきた。
誰かに、必要としてもらいたかった。
いつか、誰かの必要な存在になりたかった。
その対象は、いつしかカザネになっていたのかもしれない。
いつも見続けている、この背中の向こう側で、カザネは何を思ってるんだろう。
その背中の向こう側の森が開け、当たりに夕焼けの赤が広がった。
夜の闇はすぐそばまで迫っている。
カザネとシゲンの先導の元、一向は西へ、ハイブリッジを目指す。
ザナラーンを東から西へと繋ぐアラグ陽道へと入り、ハイブリッジが見えてきたそのときだった。
鋼と鋼を打ち合わせるような金属音が微かに風に乗って響いてくる。
シゲンは皆を制すると、その音の発生源を探って南へとチョコボを走らせる。
ユグラム川の土手を前に、そこに幾人もの兵士たちが横たわっていた。
シゲンはチョコボを降りて駆け寄り、まだ息のある一人に声をかける。
シゲンは音を出すな、と口元に人差し指を当てて注意を喚起したうえで、
手招きして岩陰へと3人を導いた。
そこは、キキルン族の小さな拠点だった。
そこかしこに、キキルンたちが闊歩している。
その奥、川べりに造られた小さな橋の周辺に、十数名の縛られた人の姿が見える。
それだけではなかった。縛られた人々の周囲には、彼らを見張るように、
キキルンではない、屈強な肉体を持つ蛮族、アマルジャ族の姿が多数見られるのだった。
「…こういう状況らしい。」
シゲンが兵士から伝え聞いた情報を小声で語る。
「ハイブリッジはこれまでもキキルンどもからたびたび襲撃されてたみたいですが、
腕の立つ銅刃団の警備隊長さんたちが守っていたらしい…のですが、
なんでも昼間『ハイブリッジの西側』に不審なアマルジャの集団を発見、
それを部下を率いて追撃にあたったらしいのです。
…が、運悪く、そこをキキルンどもともう一隊、あそこに見えるアマルジャどもに襲撃され、
残った銅刃団の衛士の奮闘むなしく住民がさらわれた…とのことだ。」
状況は芳しくなかった。
キキルン、アマルジャあわせればその数は20を越える。
いくらカザネやシゲンが凄腕とはいえ、この数をどうにかして人質を開放するのは困難だろうと予測できた。
だが、状況は傍観を許さなかった。
夜闇の中での視界確保のためか、それとも別の狙いがあるのか、
アマルジャの一団の一部が松明に火を灯す。
また、一団の一部は縛られた住人たちをその肩や腰にかつぎあげる。
「…どこかに移送するつもりか?…いや、待て。」
アマルジャの一団のリーダー格と思しき、一際体格のいい一人と
キキルン族との間でトラブルが発生したのか、キキルンたちがアマルジャ族の集団との間で言い争いが始まる。
アマルジャの一団が移送を始め、それを妨害するようにキキルンたちと小競り合いが起こったのを確認し、
シゲンはカザネと頷きあう。
「エーヴェルはここから援護を頼む、リセは倒れている人たちの救助を任せる。」
自分もカザネたちと一緒に…と口に出したかったが、それを留まれる程度にリセは自分の役目をわかっていた。
確かに、今救わなければ助けられない命がある。そして、それは自分にしか出来ない。
「カザネ、シゲンさん、がんばって。」
リセは、勢いよく岩場から飛び降りると、杖に意識を集中し始めた。
命が失われていなければ、絶対に助ける。
レイズ、メディカ、ケアル、持てる幻術を使い切る勢いで、リセは杖を振るう。
一方、カザネはシゲンと共にアマルジャの列へと突撃をかけた。
先頭の一名を切り伏せると、シゲンのトライバインドによって移動の自由を奪う。
前方にカザネとシゲン、後方にキキルンから襲われたアマルジャの一団はほどなくして鎮圧された。
一方のキキルンも、アマルジャの一部隊を黙らせたカザネとシゲンの技量に逆らおうとはせず、
住人たちはほどなくして解放されることとなった。
「助かった!一時はどうなることかと思ったぜ。」
「ありがとうございます、ありがとうございます…。」
キキルンたちの拠点から少し北へと戻った場所で、救助された住人たちは口々にお礼の言葉を述べる。
だが…。
「お父さん…?お父さん?」
一人の少女が、辺りを見回す。
緋色の髪をした、小柄なララフェルの少女は、救助された人たちの中から父親を探して駆け回る。
「おじょうちゃん、キミのお父さんは捕らえられなかったんじゃないのか?」
「そんなことありません、私と一緒につかまって…」
助け出された住人たちは顔を見合わせる。
だが、
「そういえば、トトルガのやつの姿が見えないな…。」
「チャチャポも一緒につかまったはずなんだけど…。」
少しずつ、そんな声が上がり始める。
そんな中、一人の男性が小さな声で語り始めた。
「さ、最初に、アマルジャたちに連れられていった人たちが…いたんだ。きっと、その、もうどこかにつれさられて…」
「そんな、…お父さん…。」
少女は、思わず泣き出しそうになるのをこらえている様子だった。
「大丈夫。」
ぽん、と、カザネが少女の頭に手を乗せた。
「きっと大丈夫、君のお父さんは無事に連れ帰る。…だろう、シゲン?」
「…ええ、そういうことなら、任されました。」
シゲンは一つ頷くと、あたりを見回す。
「この西はハイブリッジへと続く道、こちらへ向かうのは無理でしょう、
なら、アマルジャたちが向かったとするなら、この先」
シゲンが指差した先には、地面から噴出し、結晶化したいわゆる偏属性クリスタルの塊である結晶が連なる地、
地元の人にはバーニングウォールの名で呼ばれるその地が広がっている。
「ハイブリッジの襲撃から時間が経っています、行くなら、このまま強行軍ですね。」
カザネも頷く。
「ま、待ってくれ、俺たちを放ったまま行くのか?
銅刃団の連中だってこんななんだ、誰が俺たちを守ってくれるんだ?」
住人の男性が声を上げる。
カザネはわずかに顔をしかめると、ぽん、とリセの頭を叩いた。
「この子は優秀な幻術士です、この子があなたたちを無事にハイブリッジまで護衛します。」
リセは思わずカザネに振り返る。
カザネは、ふ、と微笑んだ。
「大丈夫、君なら、できる。」
リセは、反論したかった。
自分は、カザネにとって、必要な存在だと思っているから。
それとも、自分は、まだカザネにとって必要な存在にはなれなかったのだろうか。
「大丈夫、僕たちはすぐに帰ってくるから、みんなと帰りを待っていてくれるかい?
この子に、これ以上悲しい思いをさせたくはないだろう?」
潤んだ瞳で見上げる少女を、リセの前に連れてくる。
少女は、ぎゅっとリセにしがみついた。
「それでは、僕たちはアマルジャ族の追撃に行ってきます。
みなさんは、このリセの指示に従って、無事な方は怪我をしたものには手を貸して、
ハイブリッジへとお戻りください。」
シゲンが先に行く、と、チョコボにまたがり、
そのあとにエーヴェルが続く。
「それじゃ、行ってくるね。」
カザネは、いつもと変わらぬ、優しい笑顔で、リセに手を振った。
カザネの乗ったチョコボが走り出す。
その背中が、少しずつ小さくなって、見えなくなるまで、リセはその背中をずっと目で追っていた。
そうして、
リセの、カザネの帰りを待つ長い、長い日々は、
その日から、始まったのだった。