日本ホラー小説大賞に投稿しましたが弟1次選考を通過できなかったので、こちらのほうで触りだけ紹介いたします。
*注意事項*
①この小説は完全オリジナルの自作ファンタジー小説です。(今回はFFXIVは関係ありません。)
②素人の書いたものですので誤字脱字とう多々ありますがご容赦ください。
③誹謗中傷などの悪意あるコメントは削除いたします。
④同性愛に関する表現が含まれていますがゲイじゃない人に読んで欲しい作品になっています。
中学1年生のゲイが主人公なので全くエロ描写はないっすが、設定の半分は実体験を元に作られているのでわりかしリアルです。
3月31日の正午のこと。
学校付属の学生会館へ行く為に折口学は東京駅に来ていた。
人混みの騒音、新幹線の通る音、乗り換えの案内、不安と期待で脈動する心音。それらを今でも鮮明に覚えている。ただ新幹線に乗るだけのことなのに、中学1年になろうとしていた自分は逃げ出したい程に緊張していた。
少年のあがり症は今に始まった事では無い。
幼稚園の頃。演劇の発表会で緊張してしまい声が出せなくなった。小学校の頃には教師に指名される度に爆発するのでは無いかと思うほど心臓がすごい速さで鼓動した。挙句の果てには習っていたピアノの発表会で大勢の観客の目の前で緊張のあまり泣き出してしまった。
今自分がこの場所に居るのはその心の弱さが原因なのかもしれない。
僕は中学受験という戦争に負けて敗残兵としてまた新たな戦地へと向かおうとしている。自宅から百六十キロ近く離れた学校で新たな戦いに挑もうとしているのだ。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
もう何度目かになる疑問を学は自分に問いかけた。
ゆとり教育という名の「ゆとり」を重視した学習指導要領が導入されたのは、今から十数年も前の話になる。その教育は詰め込み型の教育では無く、経験重視の教育方針をもってゆとりある学校を目指そうというものだ。
学校という組織において親が求めている物は様々にあると思うが、こと学力向上という点に関して言えば、この教育方針が親達の危機感を募らせたのは言うまでも無い。
受験戦争が加速し始めたのはこの時期である。
国公立にゆとり教育が導入され学力低下が著しくなった。特にT大の合格率が下がり、反対に私立校がどんどん合格率を上げていく。中高一貫である私立高に通わせるならば、中学から受験させればいいと親御さん達が考えるのも当たり前の話だ。
その流れのせいだろうか。親達の考えなど子供の僕にはわかる筈も無く。学校で勉強ができないのなら塾に通わせればいいと続き。子供達の学校外での拘束時間が増え、友人達と遊ぶ時間は減っていった。何の為に勉強をするのかも曖昧なまま、将来使うかもわからない知識を塾で詰め込まれるそんな生活。経験重視の教育方針。聞いて呆れる。
そんな大量な時間を浪費してまで望んだ中学受験も受からなければ意味が無い。今までの塾の費用とこれから親が希望していない私立に通う費用。金銭的問題で両親は別居寸前だ。そうまでしてこの学校に通う意味を僕は真剣に考えなければならないと思った。こうなってしまったことを悔やむよりも、よっぽどポジティブな考え方だと思うからだ。
そろそろ電車が来る時間だろうか。そう思い駅の案内掲示板へと目を走らせた。そうすることで列車の到着時刻を把握するのと同時に、学は電車の駅のホームに多種多様な人間がいる事に気がついた。
ビジネスマン。旅行者。清掃員。乗務員。またはその逆で帰路を急ぐ人。老若男女様々な人間がいたが自分のような学生は珍しいかもしれない。ましてや学校へ行くのに新幹線を使う学生は稀だろう。
真新しい制服に身を包んだ学を周りの人間たちが好奇の目で見ていた。
少年は涼しい表情を取り繕い周りの視線を受け流していたが、内心に不条理な怒りが灯るのを感じていた。
怒りの原因は視線だった。あの時と同じ興味本位の視線。
もう2年程前のことだが、学は始めて「いじめ」にあった。理由は今でもわからない。ただ友人に誘われて学童保育で遊んでいた学を突然暴力が襲った。
あの時のことを考えると今でも怒りがこみ上げてくる。始めて会った中学生にボールを投げつけられ、馬乗りにのしかかられ、そして足を痣ができるまで抓られたのだ。痛みよりも苦しかったのは、その時誰も助けてくれなかった事である。
周囲の視線。
馬乗りにのしかかられた少年を見る彼らの視線は、今まで一緒に楽しく遊んでいた者とは思えないものだった。彼らの瞳は光の無いぞっとするような無機質なもの。まるで道路を歩く虫を見るような。そんな程度でしか自分を見ていなかった。
助けを呼んでくれるわけでもなく、ただ「いじめ」を受けている自分を友人達は取り囲んで見下ろしていた。あの時の彼らは何を考えていたのだろうか。何故自分を囲ったのか。それがいまでもわからない。「いじめ」を受けていた僕を見るのを楽しんでいたのだろうか。それとも何も感じていなかったのか。
あれから数年経った今の学にわかるのは、友人という存在がただ趣味を同じとし、一緒に遊んでいる人間のことを指さないという事実だけだった。それなら何を持って友人とするのか。あの一件以来その線引きがわからなくなった。
呼吸が苦しくなり、少年は指で襟元に少しスペースを作った。着慣れない緑色のブレザーと首元のネクタイを少し窮屈に感じた。
周りの視線を無視し、やがて訪れた新幹線に乗り込むとようやく一息つけた。視線から解放され嫌な思い出も記憶の中に沈んでいく。
平日の昼間であるせいか乗客はまばらで相席する人もいない。二つある座席の窓側の席から、発車し流れていく景色を学はぼんやり目で追った。
その流れはまるで過ぎ去って行く日々のようだった。
生を受けてから今年で十三になる。大人にこんな話をすれば青臭いと言われるかもしれない。それでも今日まで色々なことがあった。
「いじめ」「受験戦争」「家庭内の亀裂」
嫌な思い出ばかり走馬灯のようにまた蘇る。願わくば中学での生活は楽しい思い出が作れますように。それだけが学の望みだった。
「すみません。隣、空いていますか。」
突然かけられた声に学はびくりと肩を震わせた。完全に自分の世界に入っていたせいで、電車が次の駅に停車したことにすら気づかなかったのだ。
最近ぼんやりとすることが多い。これも「いじめ」を受けた後遺症なのかもしれない。
「空いています。」
視線を窓から声をかけてきた相手の方へと移してもう一度学は驚いた。声をかけてきた少年は自分と同じ制服を着ていたのだ。
「君。一年?」
少年は自分よりも体が大きかった。そんな少年にいきなり慣れ慣れしく話かけられて、学は困惑した。旅は道連れだとか、同じ学校の生徒なのだから話かけるのは普通だろうと、そんなことを思う自分もいるのだが、2年前の「いじめ」のせいで大分疑い深くなっている。
声も声変わりが終わったようで、やや低いように思えた。もしかして先輩なのか。ならここは礼儀正しく対応するべきか。急いで考えを巡らす。
「今年から一年になります。」
「すげえ偶然。俺も今年から一年なんだ。尾上雄介。」
一年と聞き学は内心ほっとしていた。先輩じゃないのなら言葉使いはため口にして、相手がストレスを感じないようなしゃべり方や話題を脳内で検索する。
そんなことが無意識にできるようになっている自分に嫌気がさした。本当に僕はどうかしている。
「僕は折口学。よろしく尾上君。」
そう言って学は笑みを浮かべ尾上に向かって手を差し伸べた。尾上雄介と名乗るこの少年の社交的な態度は素かもしれないが、座席に彼は深く座っていないことに学は気がついた。その所作からも本心ではこちらを警戒しているのがわかる。それでも話かけてくるのは友人が欲しいからだろう。親元を離れこれから館で生活を送るのだ。その気持ちは痛いほどわかる。
「雄介でいいって。よろしくな、学。正直心細くてさ。お仲間がいてよかった。」
人好きのする笑みを浮かべた自分を、雄介はすっかり気に入ってくれたようだった。目的の駅に着くまでの一時間で、家族構成から、趣味、好きなタイプまで完全にプロファイルすることができた。ここまでする必要は無いかもしれないが、いつ自分を裏切る人間が出るかわからないというトラウマが学の警戒心を掻き立てていた。
そんな懐疑心を抱いていても雄介はとても印象の良い少年だった。大柄な体格に似合う豪快な笑みを浮かべ、こちらの冗談に大げさなリアクションをとる。隠しごととかできなそうなタイプだなぁと学は何となく思った。
家も自分とは違い両親が医者のおかげか裕福で、その環境からか大らかな性格に育ったようだ。鼻につく金持ちアピールをするわけでもなく、傲慢な態度をとることも無い。それに何より趣味がゲームをやることというのが僕にとって最大に好印象だったのかもしれない。
「すげえ田舎だな。」
長いトンネルを抜けた先で雄介が少し呆れたように感想を述べた。いつの間にか売り子のお姉さんからお菓子を買い。買い食いをしながらリラックスして寛いでいる。これから学校では無く旅行に行くような気楽さだが、彼の態度は嫌いでは無い。
窓側の席にいる自分と向かい合ってしゃべっている雄介には、風景の切り替わりが見えたのだろう。ビルや建物の無機質な灰色の風景が一転、緑一色の田園風景に替わったようだ。
「あはは。そうだね。」
真面目さゆえに勧められたお菓子をやんわりと断りながら学もまた窓を見る。その風景を見た学には雄介の感想とは別の言葉が湧いた。それをあえて口から出すことはなかったが、学は窓の外の景色に郷愁のようなものを感じていた。それはきっと自身の実家がここのような田舎にあるからだと。そう結論づけた。
一時間半程新幹線に乗り、ようやく目的の駅に辿り着いた二人は改札を抜け、始めて訪れた県に足を踏み入れた。同じ日本にいるはずなのに感じたことの無い不思議な空気。周りにいる人間達も東京駅にいた人々と同じ日本人なはずなのに、どこか自分達とは違うような、そんな錯覚さえ覚える。
途端に学は言いようのない孤独感に襲われた。隣に雄介がいたから自分を保てたが、もし彼がいなかったらパニックに陥っていたかもしれない。今日からここで同じ年の子供達と生活を共にするのだ。あの「いじめ」さえ無ければ。そう思わずにはいられない。
田舎にあるとは言えさすがは新幹線のある駅だと周囲を見渡して学ぶは思った。長篠原駅は2階建てでとても大きな場所だった。
改札は2階にありローカル電車と新幹線の乗り場とをつないでいる。恐ろしい事に、ここのローカル線は一時間に一回しか来ていない。山手線が五分に一回は来る事を考えると、その恐ろしさがわかるだろう。
1階は軽食屋やお土産を売っているお店が並んでいた。原則として中学はお菓子の持ち込みは禁止なので学はなりべく見ないようにしていたが、雄介は名残おしそうに店に視線を送っていた。新幹線の中でも買い食いしていたがあの巨 体を維持するのにはかなりのカロリーを消費するのだろう。太っているというよりも筋肉でできているそれは何かスポーツなどで鍛えたものなのかもしれない。自分も水泳をやっていた頃は肉付きが良く食欲旺盛だった。
「雄介は学生館へはどうやって行くんだ?」
彼の注意を売店から反らしながらブレザーの内ポケットに手を伸ばす。中から携帯を取り出し学校の公式サイトを開くとすぐに住所がわかった。ただ住所だけわかっても意味が無い。アプリを使用し住所の場所までナビできないかと確認していると、何故か携帯からGPSを送れなくなった。
「タクシーが早いんじゃないか。丁度何台か停まっているし。」
携帯から目を放し前を向くと、駅を出たすぐ先に駐車場があることに気がついた。タクシーやバスなどの車が駅から出てきたお客を捕まえようと列を成しているように見える。ローカル電車も一時間単位で来る事を考えると、田舎の移動は車なのかなぁと学は少し考えた。
とは言えタクシーを使うのには抵抗があった。
いくらかかるかわからないタクシー代に両親からもらった大切なお金を使っていいものか本気で悩んでしまったからだ。教材費や生活費など交通費とは別に少なくない額をもらっているが、なりべくなら節約したいというのが学の本心だった。
「その辺にいる人に徒歩で行けるか聞いてみるよ。歩けるようならこの街の探索にもなるから、僕は歩こうと思う。」
「そか、気をつけてな。俺は先に行ってるわ。ちょっと疲れちまった。」
タクシーで雄介が駅から去るのを見送り、もう一度携帯のアプリで道の確認をする。やはり学校のサイトは見ることができる。それなのにGPSを送る事ができない為、何回やってもアプリがうまく起動しなかった。
学の使っている道案内用のアプリは位置情報から目的地までをナビしてくれる便利なものだ。首都圏のわかりにくい交通情報を整理し教えてくれるので、そろばんなどの習い事で大会に行く時によく利用していた。
インターネットを見ることができることから携帯が壊れたとは考えにくい。それならば衛星にGPSを送信できていないと考えるのが妥当だろう。奇妙なのは東京駅に行くまでに、このアプリを一度使用していたという事実である。新宿から山手線に乗り東京駅に着いたものの、新幹線に乗るためのホームがわからずこのナビに案内をしてもらっていた。
東京で使えてこちらで使えない。そんなことあるのだろうか。
「これ、そこのお若い人。そんなに険しい顔をされてどうなされた。何かお困りの様ならこのじじいに話してごらんなさい。」
駅の前にある駐車場で携帯と睨めっこをしていたら迷子と思われても仕方が無いかもしれない。かけられた優しい声音に携帯から目を放すと、学の近くにいつの間にか老人が立っていた。
温和な表情を浮かべるその御老人の特徴をあげるなら、着物を着て杖をついている所だろうか。こちらではそれが私服なのかと学はいぶかしんだが、少年の考える田舎の雰囲気とマッチしていたのすぐに気にならなくなった。最もそのほとんどは戦国ゲームや時代劇の中のイメージなのだが。
「長篠中学まで行きたいのですが。どうやって行けばいいでしょうか。」
悩み事は他にあったがその話をしてもこの老人にはわからないだろう。そう思った学は二つ目の悩みを打ち明けてみた。
「ふぉっふぉふぉ。それならばお安いご用だとも。あの学校はこの県では有名じゃからな。そうそう知っておるかな。高校は駅伝が強く、甲子園にも出場する野球部もあるんじゃ。わしはいつもお茶の間で応援しておるよ。」
見知らぬお爺さんに案内されるままに学は老人の後について歩いた。電車から見た外の景色のような田んぼ道や果樹園などを期待していたのだが、新幹線の駅が近くにあるせいか駅の周囲は発展し、南の方にはショッピングモールの高い建物まで見える。
反対に舗装された道路を歩いて行くと北側に山が見えた。お爺さんが自分の視線に気づくと、その山の名前が浅間山と言うのだと教えてくれた。明日から四月だというのにその山にはまだ雪が積もっている。平凡な感想だがとても綺麗な山だと学は感じた。
「おまえさん。どうしてこの土地に来たんじゃ。」
同年代じゃないからだろうか。「いじめ」を受けて以来抱えていた警戒心というものがこの老人の前では薄れていた。知らない人にはついて行ってはいけない。小学校や幼稚園の頃なら誰もが親から習うことだ。道案内とはいえ見ず知らずの老人の後をこんな風についていっていいものかと。ようやく学は疑問に感じた。
「勉強をする為に。」
疑問が不安を呼び寄せ少しぶっきら棒な言い方になってしまっていた。それでも補足するすることもせずに、当たり障りの無い当たり前の事を老人に答える。
「大学進学か。わしにはそうは見えんかったがのぉ。」
「というと?」
「お主は何かを探しているように見えた。」
「それは学校への道順を携帯で検索していましたから。」
「そうでは無いな。ここには生きる意味を求めに来たのじゃろ?」
温和な笑みを浮かべ学に道案内をしていた老人がこちらを凝視した。その視線にぞくりとしたものを感じ、学は突然動けなくなった。
あの目とは違う。もっと得たいの知れないもの。そう学は直感した。人間にあるのかもわからないが動物の本能が囁いていると言ったらしっくりくる。
それは畏怖の念に似ていた。
父親に怒られた時に感じるあの圧迫感に。
「どうしてそれを。」
「亀の甲より年の功と言うじゃろう。長年生きているとわかることがある。」
「・・・そういうものなのですか。」
「嘘じゃ。」
学の言葉に間髪いれずに老人が答えた。
その態度に苛立ち、ぎしりと音が鳴るほど少年は歯を噛み合わせた。その途端に学ぶを覆っていた圧迫感が霧散する。
全身が震え学はゆっくりと息を吐き出した。また泣きそうになる弱い自分を鼓舞する。僕はもう泣かない。そんな感情は無いんだと何回も言い聞かせる。
そんな父親に始めて意見をする子供のような態度を見て、ご老人はまた微笑む。
「君の心はとても純粋じゃな。嘘を憎み正義を愛する。それ故に騙すのは容易い。「いじめ」の経験を活かしているようじゃがまだまだ足りん。相手と放す時はな。その人間の心の奥底を見るのじゃ。深淵を覗けば君も真実を知る事になるじゃろう。お主にはできる。」
「どうして僕の「いじめ」のことを知っているのですか。」
「さぁ。どうしてじゃろうな。東京にもいっぱい学校はあるじゃろう。それなのに態々地方へきているお主を見てかまをかけたのかもしれんぞ。」
そう言うご老人の声は年がいも無く弾んでいた。ご老人は自分との会話を楽しんでいるように思える。「いじめ」という初対面の人間にするには重すぎる話題を出し、自分に講釈を垂れようとするこの老人の意図は何なのだろうか。彼の腹の内が全く読めない。それともこれが田舎ならではのお節介とでも言うのだろうか。
「何故僕の過去を知っているのか。それともおっしゃる様に鎌をかけたのかは知りませんが、あなたの言動は僕に忠告を与えようとしているように聞こえます。それと同時に僕を試している。何の為かもわからないですが、どういうわけか心配してくれている。ただの親切な老人では無いのでしょう?」
「まっこと。君は面白い。苛立ちもこちらに語らせる演技か。君ならばきっとこの地の呪いも解いてくれるじゃろう。わしは道祖神。あらゆる道の案内をしておる。そなたがこの長篠に来たのは偶然か必然か。彼女が山から降りてきたのもまた偶然なのか。・・・何にしても。」
そこで老人は言葉を区切る。随分と歩いていたせいか足が痛くなってきた。受験の為に水泳をやめ筋肉量が下がってきているからかもしれない。犠牲を払ったのは何も親だけでは無い。無心になれた水泳の時間やピアノの時間を学はとられていた。
それらに没頭している時だけは心を空にできた。「受験戦争」や「家庭内の亀裂」、「いじめ」といったことでは無く、本当の学の悩みから逃げることができたのだ。
中学の部活は水泳をできればやりたいなぁと学はふと思った。
「タクシーに乗らないのは正解じゃった。ほれ、着いたぞ。長篠中学じゃ。」
学がその言葉の意味を探ろうとした時、一瞬だけ注意が学校へと逸れた。時間にしてわずか一、二秒。その程度の一瞬の時間で老人の姿は掻き消えていた。
「夢でも見ていたのかな。」
学校の敷地内にぽつんと取り残された学が複雑な表情を浮かべる。その姿を誰かが見たら狐に摘まれたような顔だと思うのかもしれないが、学校側は明日まで封鎖されているようで人の気配は無かった。
一方中学のほぼ隣にある学生寮は裏の駐車場から荷物を運ぶ父兄とその子供達で賑わっていた。やはり田舎暮らしは車が便利なのかもしれない。県内生はそうやって荷物を館へと運んでいるようだった。面白い事に親と一緒ならば私服での入館も許可されているようである。県外生に制服の着用を義務付けるのは防犯の為かそれとも宣伝の為か。どちらにしろ目立つという点では同じような気がした。
「おっと。そろそろ時間か。」
日本一早いという4月1日の入学式に間に合うように、他県在住の学生は前日までに入館を済ませなければならないのだ。こんな所で油を売っている暇は無いと慌てて学も館内に入る。
「おかえりなさい。」
館内に入ると受付の男の職員から声をかけられた。何て答えていいかわからずあたふたしていると、その職員はちょいちょい手招きをして受付の窓口に近づくように指示を出す。
「新一年生かな。入学おめでとう。・・・おっと、それは明日だったな。今日は入館おめでとうか。」
「ありがとうございます。今日からお世話になります。折口学です。」
まだ若い眼鏡をかけた理知的な男に歓迎され、学は素直に頭を下げた。その態度が良かったのか男は少し笑顔を浮かべたように見えた。探るような目つきで生徒を見る男の眼鏡の奥の瞳に自分が映っている。
「折口学か。いい名前だな。私の名前は天見昌平。国語課の教師だ。この長篠中学では礼節、忍耐、誠実の三つの理念を大事にしている。確かな人格作りの一環な訳だが、長い話は明日理事長先生にしてもらおう。今重要なのは挨拶をすると言うことが礼節を重んじることに繋がるという点だ。家に戻ったらただいまと言うだろう。それと同じだ。館に戻ってきたらこれからは、ただいま戻りましたって言うんだぞ。」
「わかりました。先生。」
館での規則を軽く説明された後、自分の部屋のカギを渡された。中に入るとすぐの場所に受付のある窓口と玄関ホールそれに談話室がある。下駄箱で靴をスリッパに履き替え玄関ホールに置かれた大量のダンボールの中から自分の荷物を探しだす。県内生と違い県外生である学は、既に東京から生活用品を送っていた。
重いダンボールを抱え、すれ違う先輩に天見先生に言われた通りの挨拶をしながら南館の四階と向かう。館は談話室を中心に食堂、南館、西館、東に女子寮にわかれているようだった。西館には男子専用の浴場があり、南館の近くには学校へと通じる中通路がある。
館の構造は廊下を中心に左右に部屋があるホテルのような配置をしていた。ホテルと違うのは部屋の扉には大人の目の高さの辺りに小さな小窓がついていることだった。夜などに教師が見回りに来る時にでも使うのだろう。カギも中からはかけられないというし、なんだかプライバシーがないなぁと思った。
「431号室、432号室、433号室・・・。」
自分の部屋になる439号室を探しながら廊下の奥へ奥へと少年は進んだ。
歩く度に床と靴が独特な効果音を奏でていた。下の階とは裏腹に4階はやけに静かで、そのせいで靴音がやけに響く。 まだ誰も来ていないのだろうか。少し静かすぎる。
「あった、439号室。」
ダンボールを床に置き天見先生に手渡された鍵を鍵穴に挿し込んだ。かちゃりという音がして扉が開き内側へと開いていく。
「「あ。」」
中にいた人物と学は目が合い同時に驚きの声をあげた。鍵がかかってたせいで完全に油断をしていた学はそれしか声を出せなかった。部屋の中の人物も同じように驚きの表情を浮かべ、こちらをじっと見つめている。
男相手にこういうセリフを使うのは間違いかもしれないが、とても肌が綺麗な少年だった。真っ白な肌にやや茶色がかった髪。顔は自分より幼い顔つきをしている。先輩だろうか。いや、それよりもどうして鍵がかかっている部屋の中にいたのか。それが不思議だった。改めて部屋の内側から扉を見る。どこにも鍵穴は無く、鍵をかける錠のような物も無い。
「君、僕が見えるの?」
しばらく続いた沈黙を先に破ったのは彼の方だった。言っている意味がわからず首をかしげる学に慌てたように少年は言葉を続ける。
残念ながらここで字数制限になってしまいました。
PIXIV→
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