Personnage

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Juliette Blancheneige

Le Bouclier humain

Alexander [Gaia]

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『Fire after Fire』(3)4『Mon étoile』第二部四章)

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3-12

「クソッ……繋がらねえ」
 ハルドボルンは苛立たしげにリンクパールを外した。リシュヤたちと繋がらない。おそらくはあの場所――動く浮遊島の仕掛けか、あるいはあの魔戦公の仕業かだ。
「上で何してたんだ?」
 アルバートが訊く。
「戦いさ。……それも、人生最大の仇を前にした、俺のすべてをかけるべき戦いだ。それを……クソ!!!」
 魔戦公ハガイ。ハルドボルンの憎き仇。
 無論、その男を倒したからと言って戦いを辞めるわけではない。『アビス』の悪辣さはハガイ一人のものではなく、彼らの壊滅まで斧を振るう腕を止める気はない。
 それでも。
 この手で打倒したい相手であることに変わりはない。
「……すまんが俺はただの通りすがりだ。これ以上力にはなれそうもない」
 悔しそうなハルドボルンを見て、アルバートが言う。少し突き放した言い方だったが、どこか自分に言い聞かせているようにも感じられた。
「命を救ってくれたじゃねえか。これ以上は迷惑かけられねえよ。助かった。ありがとうな」
 破顔するハルドボルン。アルバートはそれから顔を背けて呟いた。
「……つい、手が動いた。それだけさ」
 そのまま背を向け、リンクパールを取り出す。仲間がいるのだろう。
 ハルドボルンは、そこで初めて、青年が斧を背負っていることに気が付いた。大きく、そして血糊がこびりついた斧だ。
「待ってくれ!」
「あ?」
「あんた、斧術士……ひょっとして戦士か!?」
 もしかして、というハルドボルンの問いに、怪訝そうな顔をしてアルバートは頷いた。
「ああ。戦士だ」
「頼む!! ちょっとだけ俺に力を貸してくれ!」
「……どういうことだ?」
 困惑した青年に、ハルドボルンは自らの抱える問題を語った。戦いの最中に己の裡に湧き上がる衝動のこと。その衝動は己に力を与えてくれるが、同時に理性を失わせてしまうこと。
 そして、それを制御する術を学ばなければ、いずれ己が暴走してしまうだろうということ。
「……」
 じっと話を聞いていたアルバートは、やがて厳しい口調で告げた。
「その衝動は、簡単なことでは制御できない。――言葉で伝わるモノじゃないからな」
 座学で伝わるようなことなら、戦士の闘法はもっと広まったはずだ。
「だれか指導できる師をみつけ、時間をかけて制御する術を学ぶんだ」
「そんな時間はねえんだ! なにかヒントでもいい、頼む……!」
 食い下がるハルドボルンを見て、さらに答えようとして。
 アルバートは、唐突な虚無感に襲われた。
 ……俺は何をやってるんだ。こんなところで、このあと俺たちが起こす次元圧壊で死ぬかもしれない奴に、戦士の心得なんて……
「……悪いが」
 そう、口にした時だった。
 視界が眩む。心が、ここではない場所へいざなわれる前兆。
 ここで起きるのか――
 驚きながらも逆らうことができず、アルバートはそれを視る。
 ここではない場所、ここではない時間の物語。
 人の、過去を。

3-13

 高地ラノシアの村『カーペンターズ・ヴィレッジ』。
 そこで暮らすハルドボルン・ディルストファルシンは本業は木工職人かつ園芸師であり、界隈では名の知られた職人だった。
 彼が兼業冒険者となったのは、村の周囲を徘徊する魔物を倒すため、そして危険な場所での採集を安全に終わらせるためであった。彼は冒険者の分野でも才能を発揮し、村には彼の職人仲間や冒険者仲間が集った。
 そこで恋をして愛を知り妻子を得て、彼は人生で最も幸せな時を過ごしていた。
 
 或る日、彼は高地ラノシアの森の奥にある遺跡を発見し、仲間と探索に赴いた。徘徊する敵を倒しながら慎重に攻略すること数日、彼らは遺跡の中で奇妙な杖を発見する。
 それが、遺跡に封じられた妖異を操るための『要』であると、誰が知ろう。
 そうとは知らずに『要』を村に持ち帰った一行は、それが何かを調べる前に、魔戦公ハガイの襲撃を受けた。
 村を襲うハガイの妖魔兵たち。改造魔骸に乗ったハガイは、ハルドボルンに『要』を要求した。持って来れば命は助けてやろう。その言葉を信じて『要』を差し出したハルドボルンに、ハガイは言った。

「御苦労、約束通り『命は』助けてやろう」

 彼の両腕は、改造魔骸の巨大な手によって締め上げられ、握りつぶされた。激痛と、職人の命である腕を破壊されたショックにのたうつハルドボルンを改造魔骸の足で抑えつけ、ハガイはそのまま妖魔兵たちへ虐殺続行を命じた。
 彼の目の前で、彼の愛する者はすべて奪われた。
 最後にハガイは言った。
「オマエは殺さずにいておいてやるよ。墓も掘れないその腕で、死んだ奴らを葬ることもできず、腐っていく様でも見届けていろ! ハハハハハ!」

 残されたハルドボルンは慟哭の叫びを上げたが、それだけだった。ハガイの言う通り、今の彼では何もできない。
 そこに。
 長い黒髪のアウラ族の女がやってきた。
「クソ……! 間に合わなかった!」
 女はそう言って悔しがった。
 その女に、ハルドボルンは言った。
「なあ、アンタ。お前さんが誰だか知らねえが、悪いがそこに落ちてる斧を拾っちゃくれねえか」
「……これか。どうすりゃいい」
「持たせてくれ」
「……なんだって?」
「持たせてくれよ。俺はソイツで、俺の妻と娘と、仲間たちを殺した野郎をぶった切りにいかなきゃならねえんだよ」
 女の目は、捩じくれて垂れさがったハルドボルンの腕を見ている。
「…………その腕でか」
「関係ねえ!!」
 ハルドボルンは吠えた。血の涙を流しながら吠えた。
「やるんだよ! できるできないじゃねえ! もうそれしか残ってねえんだよ!! 俺には!!」
「……」
 女は斧を捨てた。転がっている農具を拾い上げると、穴を掘り始めた。
「おい……」
「家族は家族で一緒にしてやりてえ。誰かどれだか教えてくれ」
 女はハルドボルンを見る。ハルドボルンも女を見た。
 そこに宿る深い怒りと悲しみが、彼女が何度もこういう光景を見てきたのだと悟らせる。
「そりゃあ構わねえが……おい」
「それが済んだら、アンタの腕をどうにかできるかもしれない人間のところに連れていく。それでいいか」
 そう言いながら次の穴を掘り始めた女に、ハルドボルンは頷いた。
「…………頼む」
 それが、ハルドボルンとリシュヤ・シュリンガの出会いだった。

3-14

「……おい?」
 ハルドボルンの問いかけに、アルバートは頭を振る。何かを振り払うような仕草。
「……」
 それから、ハルドボルンを見つめる。
 両腕を失っても、死んでいったもののために戦う覚悟。
 仲間を殺してでも、自分の命を絶ってでも、未来を掴もうとする覚悟。
 …………同じ、か。
 失くしたものは戻らない。
 死んだ家族も、光の氾濫で消えた命も。
 それが元に戻るわけじゃない。
 だが、それでも……
「――獣は愛では戦わない」
 冒険を続けながら、力を制御する術を模索していた時、とある武術者に教えられた言葉だ。
「……あ?」
「激しい感情に、決意で流れを与えるんだ。激流で舵を取るように」
 ハルドボルンが戸惑う顔になる。
「……その、舵を取る理性がなくなっちまう」
 それもまた、自分が言った台詞だ。
 だが、今なら言える。
「“俺たち”は戦士だ。あんたは、護らないのか? 自分の仲間を」
「……!」
 己の手に余る力を何に使うのか?
 殺すためか。破壊するためか。
「護る……ため、か」
「そうだ。それが拠り所だ。俺たちの、誇りだ」
 力強く言い放つと、アルバートは背負った斧を抜き、構えた。
「ちょっとだけ付き合おう。構えろ、ハルドボルン」

3-15

 刃と刃が打ち合う。そのまま相手に体をぶつける。離れ際に、斧を振るう。
「おらァ!」
「ぬぅぁ!」
 叫び声をあげ、アルバートとハルドボルンは何度目かの撃ち込みをする。
 やがて、アルバートの体から炎のように闘気が吹き上がる。呼応したようにハルドボルンの体からも闘気が噴き出す。
 しかし同時に、赤く光る眼と吐き出す獣気が彼の理性を奪っていく。
 激流に飲み込まれそうになりながら、しかし、ハルドボルンは察する。
 目の前の男には、深い悲しみと決意がある。
 それが伝わる。アルバートの目から、腕から、斧から。
 こいつは……
「おおおおッ!」
 雄叫びを上げ、アルバートが突進する。斧を引きずるような下段からの振り上げ。それを全体重を込めて刃で受け止めながら、ハルドボルンがさらに踏み込む。
 頭突き。だが、それを狙っていたのはアルバートも同じだった。同時に踏み込んだ二人は、額を激しくぶつけ合う。
「……ッ!」
 両者ともに大きくふらつく。
 獣の闘気を纏いながら、原初の炎を吹き上げながら、二人は――笑った。

 大の字に倒れている二人の耳に、グリフィンの羽ばたきが聴こえた。
 同時に、それぞれの体についた傷が治療されていく。
「……なにをしてるのかと思ったら……」
 困惑の声は可憐な女性の声だ。起き上がったハルドボルンは、グリフィンの背に乗ったララフェルを見た。
「――ちょっとしたお節介さ」
 言いながら、アルバートが立ち上がる。ララフェルを見て、微笑みを浮かべる。
 そうか。仲間か。
「世話になったな。アルバート」
「どうってことないさ」
 手を挙げて応えると、アルバートはグリフィンの背に跨った。ララフェル女性のすぐ後ろから手綱を握る。
「……あんたの願いが、叶うように祈ってるよ」
 そう言って、グリフィンの腹を蹴る。一声鳴いて、白い獣は翼をはためかせた。
「……お前もな! 仲間を大事にしろよ!」
 ハルドボルンのその声に。
 アルバートは一瞬だけ泣きそうな顔になったが、それは上昇するグリフィンの翼でハルドボルンからは見えなかった。
 大きく翼を振ると、二人を乗せたグリフィンは浮島の向こうへと消えていった。
「いい奴だったなあ」
 呟いて、立ち上がりかかったところで、リンクパールが鳴った。
「ハルドボルンだ」
『ファタタよ。無事なの?』
「おう。親切な奴に助けてもらってな」
『よかった。――早速だけど、現在位置を教えて。キ・ラシャが、貴方を迎えに来られるような目印になるモノでいいわ。事情は、そのあとで』
「わかった。……奇妙な形をした浮島が、東側に浮いてるな。あとは――」

3-16

「ダメだ。繋がらねえ」
 リシュヤは大きく舌打ちし、リンクパールを外す。
「こっちもダメ。パールの不調じゃなくて、この船の周囲にそういう結界が張られていると考えるのが適当かしら」
 ファタタも溜息を吐いた。
 浮島が飛空艇とも言い難い『空飛ぶ船』に変貌した後、リシュヤたちはハルドボルンやキ・ラシャに連絡を取ろうと試みたができなかった。リンクパール通信全体が阻害されているようだ。
「しょうがねえ。切り替えるか」
 ハルドボルンが死んだと思った時の泣き喚いた姿など無かったように、リシュヤは鋭い目つきで周囲を見渡した。
「危険を考慮して、二人組で周囲を探索。キーン・ソーンとジリはあたしと来てくれ。ヴァルターはファタタと、ミナはノノノとだ」
 てきぱきと場を仕切る。リシュヤにとって“仲間”がどれだけ心の支えになっているか、そしてその喪失がどれだけダメージを与えるか。ノノノはそれを少し理解した気がする。

 艦首方向にリシュヤたちが行き、艦尾側をファタタとノノノのチームがそれぞれ左右から調べる。
 右舷側を担当したノノノたちは、船の甲板を触って隠し扉のようなものがないか探した。
「ハルドボルンさん、よかったね!」
 ミナが屈託なく笑う。リシュヤの言う『黒犬一味』のことをほぼ憶えていないし各メンバーの顔もほとんど意識していなかったノノノには、彼女は普通のムーンキーパーの少女だとしか感じられない。
「うん。よかった。連絡がつけばもっと安心できるけどね」
「うんうん」
 微笑んだミナがふと顔を上げる。視線の先で、ヴァルターが四つん這いになって舐めるように床を見ている。
「犬みたい!」
 ミナの笑い声が耳に入ったのか、ヴァルターはこちらを向き、
「なんだよ邪魔すんな!」
 憤慨の声を上げた。真剣にやってるんだぞ! と怒る様子がさらに可笑しかったのだろう。ごめーん! とミナはおどけて謝った。
「好きなん?」
 ノノノが唐突に訊いたので、ミナは声を詰まらせて真っ赤になった。
「………………うん」
 小声で肯定すると俯く。それは、ヴァルターには伝えていない想いなのだろう。たぶんあの様子だと、毛ほども気付いていないと思う。
「はっきり言わないと、アレには一生伝わらないと思う」
「――やっぱ、そう思う?」
「うん」
 全力で肯定したノノノは、ミナと顔を見合わせて笑った。

 やがて彼らは、甲板後方の床に、大きなシャッターと人間用と思しき扉を発見する。扉の開閉はレバーに魔力を注ぎ込むことで起動した。
「……開いたな」
 扉の中は梯子の付いた縦穴になっていた。さほど高くはない。
「よし。ヴァルター行け」
 リシュヤが梯子を指さす。
「俺!?」
「盾役だろ。今ここに盾役はお前しかいないんだよ」
 ヴァルターは周囲を見渡すと、緊張の面持ちで頷いた。
「わかった。ついてきてくれ」
 梯子を下りると、そこは格納庫になっていた。翼を折りたたんだ黒い小型飛空艇――ノノノたちからはそう見える――が十機ほど置かれている。小型と言っても、最近になって雲海での需要が増えた、ガーロンド・アイアンワークス社のマナカッターよりは大きい。
 人の姿は無い。今ここへ侵入してきた七名以外に、生命体や魔物の気配は皆無だった。
 警戒しながら探索した一行は、さらに下へ降りる階段を見つけた。
「他に行けるところもなさそうだしな」
 リシュヤの判断で更に下へ降りる。降りた先は狭い廊下で、並んでいる扉はどれも開かなかった。ただ一つ、廊下の突き当りにあった両開きの扉を除いては。
 彼らが扉の前に立っただけで、扉はシュッという空気が動く音を立てて開いた。視界に映るのは、前方の巨大な画面、そして広い室内に設けられたいくつもの机。アラグ文明やガレマール帝国のそれとは異なるが、おそらくはこの“船”を制御するための部屋なのだろう。
 中央に設けられた椅子だけが、一段高い位置にある。
「な……んだこれ」
 ヴァルターがぽかんと口を開ける。おそらく彼らは、アラグ文明絡みの遺跡を探索したことも、帝国の機械を間近で見たこともないのだろう。『グリフィンズ』の四人が困惑する中、リシュヤたちは顔を見合わせた。
「マハの……ってコトはわかる」
「うん。師匠のところにあるのと似てる。――でも」
「ああ。使い方なんざ習ってもいねえ」
「……カウサフなら分かるかしら」
 『アージ』に派遣されている魔法生物の名をファタタは口にする。
「かもしれねえ。それか、もう師匠に連絡しちまったほうが早いんじゃねえか」
 そのときだった。
 天井の一部が開いた。ヴァルターの握り拳程度の大きさの穴が開き、その中から小さな異形が降りてきた。形は、既知の妖異に似ている。ディープアイやフォーパーといった単眼で梟のような体つきをした妖異と形は似ている。大きさは圧倒的にこちらが小さい。
 警戒する七名の前で、それは羽をはためかせてふわふわと浮いている。
『Abair le do thoil an bealach gníomhachtaithe le haghaidh fíordheimhnithe』
 小さな妖異が喋った。だが、その言葉は共通語とは程遠かった。
「うわ、喋った!」
「なんだって?」
「敵……じゃないのか?」
「……ファタタ」
「貴方が分からないんじゃわたしにも無理よ」
「これ……聴いたことある」
 ノノノの呟きに、全員が彼女を見た。
「……ヤヤカの研究してたマハの魔法文字。発声にエーテル振動――つまり魔力を使う。だから」
 妖異のエーテルの流れを感知。それが発する魔法文字のエーテル振動を、自分も耳に魔力を通して聴く。
『認証の為、起動パスを発声してください』
 言葉が理解できる。
「起動パスを言え、ってゆってる」
「……新たな難問発生ね」
 ファタタがしかめ面をした。マハの“船”を動かすためのキーワードなど知りようがない。
「……」
 たったひとつだけ。
 ノノノには、心当たりがあった。期待せず言ってみることにする。

『未来は、力づくで奪い取るもの』

 あの遺構に書かれていた言葉。ヤヤカが解読した最初の魔法文字。
『――』
 妖異はしばらく静止していたが、やがて単眼を青く輝かせた。
『――認証。浮遊島制御魔航艦ムルセヴネへようこそ。私は当艦の補助制御ユニット、フィドヘルです。当艦は起動テストを終えた後休眠期間に入っており、所属を確定されていません。貴官のご所属と姓名を登録ください』
「あ。制御、できるかも」
「マジか!」
 全員が驚く。
「……でも、所属を確定させたいから所属と姓名を名乗れ、って言われてる」
「それは……」
 新たな難問だった。マハの軍構成など、師匠からも聞いていない。
「……ノノノ。師匠の名を出してみな」
 リシュヤが、腕組みをしながら言った。
「あ。そっか、師匠マハの人だ。でも大丈夫かな? 主戦派と敵対してたんでしょ?」
「もしダメなら、ぶっ壊すしかねえだろ」
「そっか」
 頷きあう姉妹弟子たちを見て、ファタタが呆れた声を出した。
「納得しちゃうのね……」
 ノノノは再びマハの魔法言語で告げる。
『わたしは、魔戦公フィンタンの弟子、ノノノ・ノノ』
 沈黙。全員が固唾を呑んで見守るなか、フィドヘルは再度その目を光らせる。
『登録完了。当艦は魔戦公フィンタン様の麾下として登録されました』
「いけた」
「うわマジか」
「でもちょっと意思疎通がめんどいな……」
 ノノノはヤヤカの論文を穴が開くほど通読して、マハの魔法言語を覚えた。とはいえ、ヤヤカが研究で明らかにしたもの自体が、ごく基本的なものに限られている。状況が複雑化したときに意思疎通が難しくなる恐れがある。
 こんなことなら、師匠が本当にマハの魔戦公だと分かった時点で、魔法言語についても“現役話者”であろうフィンタンから教わっておけばよかった。
『……フィドヘル。貴方との意思疎通を通常言語で行うことは可能?』
『可能です。ただし特殊装備の起動指令に関しては封印解除となるため、振動言語でお願いします』
『わかった。わたしたちの言葉、わかる?』
『……――登録にはありませんが、古アラグ語をベースに解析中。以降の会話は解析言語で行います。――通じておりますでしょうか』
「うん――よろしくね、フィドヘル」

 浮遊島制御魔航艦、船名をムルセヴネ。
 駆動機関に封じられた妖異の魔力を主動力とし、補助動力として周囲のエーテルを吸収することで稼働する――魔航艦と呼ばれるタイプの船だ。
 その役割は、名称の前半部分に記載されている。
 “浮遊島制御”――すなわち、雲海に存在する浮島を魔力にて制御し、敵国勢力圏内へ落下させる質量兵器として使用する。また、浮島の下部を構成するクリスタルに対し属性崩壊を誘発させ、落着と同時に暴走。被害を拡大させる。
 制御艦のため戦闘艦としては武装が少なく、基本的には後方からの司令と艦載機による防衛を行う。
「“浮遊島制御”っていうのが、さっき言ってた特殊装備ってことか」
「……魔大戦で使われるはずだった、正真正銘の戦闘兵器だな」
 フィドヘルが示した艦の概要を見て、リシュヤが眉根を寄せた。
「今の――少なくとも第六霊災以後のエオルゼアの地形の中には、魔大戦によって“変えられた”地形や気候がいくつもあるそうよ。戦いに勝利する――その至上命題の前には、どれだけ破壊を積み重ねても構わない。どの国も、そういう風潮だったそうよ。マハに限らず、ね」
 ファタタが感情を抑えた声で言った。彼女の目の前にある魔法装置には、『試験中の同型艦』がテストを行う様子が映っている。落下する浮島はどこかの国のどこかの街を押しつぶし、風属性の暴走によって生じた竜巻が周囲を根こそぎ薙ぎ払っていくさまが表示されている。
「この船も……同じことができる……のか」
 キーン・ソーンが呆然と呟いた。
「……『アビス』が狙うわけだ」
 リシュヤが舌打ちをする。
「今停止してるのはなんで?」
 ノノノがフィドヘルに訊く。
『僚艦の接近を感知し、偽装形態を解除したためです』
「僚艦……あ、『アビス』の飛空艇か」
『作戦行動を行うには、補助動力として周囲からエーテルを吸収し、妖異機関を起動させる必要があります』
「つまり?」
『雲海のエーテルを規定値以上まで充填するために、あと四十七時間必要です。その間、本艦は無力です。そのため、魔力探知・通信を遮断する防壁結界を展開しています』
「あ。それでリンクパール使えないのか。フィドヘル、それ解除してほしい。味方と連絡とりたい」
『承諾しかねます』
 即座に否定が返ってきた。
『防壁を再度構築する魔力は現在ありません。解除すれば本艦は非常に無防備な状態になります。制空権を確保していない本空域で防壁を解除することは探知の危険性を上昇させます。非推奨です』
「わかってる。でも味方と合流するためには、一時的にでも解除が必要なんだ。いうこと聞いて、フィドヘル」
 ハルドボルンの無事を確認し、彼と合流するにはリンクパールの使用が不可欠だ。キ・ラシャとも連絡を取らねばならない。
 ノノノの懇願に、フィドヘルは束の間沈黙し――
『了解しました。防壁解除します。ただし危険回避のため、吸収終了まで味方直掩艦による護衛・もしくは曳航を行うか、大規模転移装置による味方勢力圏への転移を推奨します』
「どっちもできないわね……」
 ファタタの困惑に、リシュヤが「いや」と厳しい声で答えた。
「フィドヘルの言ってることは正しい。さっきの魔戦公、ハガイは別に死んだわけじゃねえ。また来るのは確実だ。だから」
 ファタタとノノノを見据えて言う。
「あたしが師匠に連絡を取る。ファタタはハルドボルンに連絡。ノノノはキ・ラシャに繋いで、ハルドボルンの現在位置をラシャに教えてやってくれ」
「了解」
「わかった」
「それと、フィドヘル。現時点を以て、魔戦公フィンタンとその陣営に属さない者以外は敵と認識しろ」
 リシュヤの命令を、フィドヘルは目を閉じ否定する。
『――大マハ軍同胞に対する敵対はできません。それを命令できるのは、魔戦公フィンタン様直接の指令のみです』
 む、とリシュヤは顔をしかめる。だが、フィドヘルは目を開けると続けて言った。
『なお、敵対行動はできませんが、フィンタン様以外の魔戦公からの指令を受諾することもありません』
「わかった。とりあえずハガイの命令を聞かないってなら、それでいい」
 リシュヤはリンクパール――結界を通過して大師の塔へ連絡できる特殊なモノ――を取り出す。
 時間はない。ハガイの再襲撃に備えなければ。

『Fire after Fire』(3)5に続く
Commentaires (1)

Juliette Blancheneige

Alexander [Gaia]

Juliette ‘s note
最後の魔航船のくだりは、ハルドボルンたちのやりとりからちょっと時間を巻き戻していますが、わかりにくかったかもですね。

わたしはジョブの習得にソウルクリスタルの授受が必須ではないと考えているので、アルバートには明確な『戦士の師』が存在せず、戦いの中で開眼していったと想像しました。第一世界の彼らの冒険は語られていないことが多いので、想像が膨らみますね。
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