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Juliette Blancheneige

Le Bouclier humain

Alexander [Gaia]

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『黒と蒼』(後編一) (『Mon étoile』第二部四章)

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 地に伏した男は、もう動かない。
 思わず安堵の溜息を洩らしたジュヌヴィエーヴは、周囲を見渡した。
 眷属たちは多くが死んだ。生き残った者は五体。たった一人の蒼天騎士に、時間を掛けて育てた眷属たちを三分の一まで減らされた。
 ダヴィドは人へ戻っている。致命傷になり得る傷をいくつも負い、このままでは死ぬだろう。
 ジュヌヴィエーヴ自身は左目を脳まで貫かれ、胴体を両断されかかっている。ダヴィドと同じく、このままでは死ぬ。
 ふらつく身体をどうにか抑えながら、息を整える。唇から、美しい旋律が流れ出した。
 治癒の歌だ。再生力を高めるほうへと竜の因子を励起させる効果があるが、ジュヌヴィエーヴ自身の負担が大きく、連発できるものではない。
 やがて歌は効果を発揮して、ジュヌヴィエーヴとダヴィド、生き残った眷属たちの傷を癒した。
「助かったぜ」
 立ち上がったダヴィドもまた、安堵の声を上げた。
「どういたしまして」
 ダヴィドへ微笑んだジュヌヴィエーヴは、しかし次の瞬間には笑みを消して、死したオーギュストを見つめる。
「……恐ろしい男。これが、蒼天騎士」
 ダヴィドは無言で頷く。その目にも、畏怖が宿っていた。
 ややあってから、視線を無理やり剥がしてダヴィドが問う。
「どうする。あの様子じゃあ、そう遠くまで行っちゃあいねえと思うが」
 彼らが求める『もう一人の詩竜の巫女』レティシアは、この蒼天騎士の弟子らしい青年騎士が連れて逃げている。だがダヴィドが言う通り、あの状態のレティシアを連れたままでは距離は稼げまい。
 しばし無言で思案したジュヌヴィエーヴは、ダヴィドへ告げた。
「あのまま目覚めるのなら、わたしとあの子は呼応するでしょう。でも、あの子がまだ人の側に着くというなら……おびき出さないとね」
「その顔はもう思いついてるんだろ?」
 全幅の信頼でこちらを見るダヴィドに、ジュヌヴィエーヴは当然のように頷いた。
 長い睫毛に縁取られた美しい目が細められる。そして――彼らが立つ、この道の先へと向けられた。



 荒い呼吸と苦悶の喘ぎが、洞窟のなかに響いた。
 戦場となった村への道からやや離れた洞窟に、テオドールはレティシアを連れ逃げ込んだ。以前、師と修行をしたことのある場所だ。奥へ進めばより深い洞窟へと通じ、そこから地下の川沿いに下れば高地ドラヴァニアへと至る抜け道がある。だが、今はそこまで進む余裕も無かった。
「レティシア……!」
 呼び掛けるテオドールへの応えは、苦悶の叫びだ。みしり、と音さえ立てて、鱗が彼女の全身を覆う。頭には角が何本も生えかかっていた。
 テオドールに連れて行かれながら、レティシアはダヴィドや眷属たちに立ち向かうオーギュストを見た。
 死を覚悟した者の顔をしていた。
 助けられた。
 例えそれが情からくる判断でなかったとしても、だ。殺そうと思った男に助けられ、死んだと思っていた姉は生きていた。
 しかも、人を滅ぼすという。
 冷たい目だった。微笑みながら人を殺し、朗らかに屍を踏み付ける、美しき異形。
 レティシアの心は動揺し、迷いと怯懦の只中にあった。怒りを燃やす相手を見失い、決意も覚悟も失くしてしまった。そんな状態で、竜の因子を抑えることは難しい。
 だが、それでも。
 テオドールはレティシアへ呼び掛け続ける。
 呼び掛け、レティシアの人としての部分を繋ぎ止めねば、あっという間に竜化してしまうだろう。
「耐えろレティシア! 君は人を滅ぼしたいと思うか!? 呑まれてはいけない!」
「ああ――あああッ!」
 テオドールの叫びを打ち消すように、レティシアが一際大きく叫ぶ。見開かれた目は真紅に輝き、大きく開かれた口には鋭い牙がずらりと並んでいた。
「――!」
 獣の咆哮を上げてレティシアが起き上がり、テオドールの首元に噛み付こうとし――鎧に阻まれた。だが、理性を失ったレティシアはなぜ阻まれるのかを理解しないし、諦めない。鎧に何度も牙を突き立てる。
「レティシア……!」
 突き立てる度に、彼女の顔が徐々に竜のそれへ変わっていく。口と鼻が突き出始め、より噛み砕き易く変化する。
「……!」
 もがくレティシアを、テオドールがきつく抱き締めた。逃さないように。繋ぎ止めるように。腕を掴んでくるレティシアの鉤爪が、鎖帷子に食い込んでも、暴れる竜の頭が備える伸びた牙が首を傷付けても、テオドールは腕を離さなかった。
 痛みに耐えながら問う。
「君はどうして、暗黒騎士になったんだ」
 たとえ答えが唸り声でしかなくとも。
 テオドールはレティシアへ語りかけるのをやめない。この方法が正しいかも分からない。それでも、テオドールは問いかける。
「竜化を制御するため? それはきっかけではあっても、君を『暗黒騎士』にしたのは違う何かだ」
「ガ……あ……!」
「思い出すんだ。君は何故その道を選んだ?」
 その言葉が、レティシアの動きを止めた。
「……あ……」

 雪の降る中、差し出された手。

 その手を掴み、旅をして。
 色々な人と出会って。
 人を助けようと思ったのは何故だ?
 師の手伝い、ではなく。
 自分自身が、悪を討つ剣でありたいと思ったのは、いつだ?
「……あたしは……」

 幾つもの旅と戦い。
 幾つもの出会いと離別。

 心に刻んだ傷と温もりを、レティシアは思い描いた。

「…………」
 いつの間にか閉じていた瞼を開ける。
 竜化は、失せていた。
「おかえり」
 とても近いところから声を掛けられて、驚いてそちらを向き――鼻先が触れ合うほどの距離で微笑むテオドールと目が合った。
 青い瞳が、優しく細められる。
「わあ!」
 顔を真っ赤にして、レティシアは慌てて離れる。勢いで立ち上がってから、テオドールの首や腕からの出血を目にする。
「その……ごめん」
「ああ、大したことはないよ」
 微笑を返したテオドールが、呟くように詠唱する。クレメンシー。回復魔法によって、その言葉通り傷は消えていく。
「この通り」
 立ち上がったテオドールが両手を広げて見せる。安堵の溜息を吐いたレティシアは、急に気恥ずかしくなって背を向けた。
「…………ありがとう」
 小声で礼を告げる。どういたしましてと言いながら、テオドールが礼をする仕草が視界の隅に入った。この優男め、と呟いてから、レティシアは落ちていた自分の両手剣を拾い上げる。
 そのときだった。
 血の臭いと、人の肉が焼ける臭い。それから家の焼ける焦げ臭さが、風に乗って流れてきた。
「これは……!」
 テオドールも落としていた盾と剣を拾いあげた。臭いをさせるだろう場所に、心当たりがあった。
「場所わかるな!?」
 レティシアは声を掛けると、洞窟の外へ走った。この臭いを伴う惨劇を起こすだろう者たちに、心当たりがあった。
「こっちだ!」
 追い抜いたテオドールが走る。その背を追いながら、一足ごとに覚悟が固まっていくのをレティシアは感じた。



 ロッシュ村のあちこちから火の手が上がっていた。
 眷属たちが吐いた炎のブレスによる火災だ。それに巻き込まれ死んだ者の肉が焼ける嫌な臭い。あちこちに撒き散らされた血の臭い。
 それは今も新たな臭いを生み出している。
 あっという間に村は占拠され、村人の半数以上が殺された。殺された者たちを、眷属たちが貪り喰っている。否、殺されてから貪られているのではなく、貪られて殺されているのだ。
 オデットは震えながら両手を固く握り、凄惨な食事から目を背けた。

「半分は残しなさいと言ったのに」
 村の広場に集められた村人たちを見て、ジュヌヴィエーヴは頬を膨らませた。非常に可愛らしい仕草だったが、言っている内容は凄惨に過ぎる。
「ははッ、悪いな! 俺もこいつらもつい腹が減ってな!」
 屈託なく笑うダヴィドは、口の周りを血で汚している。眷属たちはいまだに死体に群がり、骨まで貪り喰っている。
「仕方ないわね。残った者を『目覚めさせ』ます。だからもうお代わりは無しよ?」
「へーい」
 戯けて肩を竦めるダヴィド。
 ジュヌヴィエーヴが村人たちの前へ進み出て、息を整える。
「――」
 『目覚めの歌』が紡がれる寸前。
「ハッ。来たな」
 ダヴィドがいち早く気配を察し、村の外へ目を向けた。テオドールとレティシアが駆けてくる。ジュヌヴィエーヴも一旦歌を中断した。
「ハッハァー! 他人を襲えば誘い出せるとは、楽でいいなあ!」
 眷属たちを配置し、迎え撃つ態勢を整えたダヴィドが両手を広げ出迎える仕草をする。
「テメエ……!」
 すでに抜刀しているレティシアが村の惨状を見て激昂した。その横で、無言ながらも歯を軋むほどに噛み締めたテオドールが抜刀する。
「竜化を解いたのね、レティシア」
 ジュヌヴィエーヴが薄く笑って歩み寄る。
「せっかくの目覚めを。残念だわ」
「姉さま……!」
 呼びかけならも、レティシアは剣を放さなかった。彼女へとその切っ先を向ける。
「無駄かもしれないけど、言っておくよ。人を殺すのも、人を竜の眷属に変えるのも、今すぐやめて。――姉さま!」」
「……そう。剣を向けるのね。このわたしに」
 レティシアの言葉に一切答えを返さず、ジュヌヴィエーヴは失望を示す溜息を吐いた。うつむいてゆっくりと首を振る。それから、黒衣の魔人は赤い瞳に魔力の光を宿し顔を上げた。
「おしおきが必要ね。何度でも繰り返してあげる。貴方が人に絶望するまで」
 高らかな歌声が、その喉から解き放たれる寸前。
 テオドールが突進した。数度見ただけの師の技を見様見真似でやって見せたのは驚嘆に値する――が。
「させねえよ!」
 これはダヴィドが十分に読んでいた。異形化させた左腕で切っ先を掴む。
「はぁあ……!」
 その切っ先をさらに押し込もうとした瞬間。
 『目覚めの歌』が発動した。 
「ぐ……!」
 再び襲い来る、竜化の誘い。竜の因子が呼応する。体の要求に、心が呑まれそうになる。
 抗いは激痛で、呑まれれば心を喪う。
 一度受けているテオドールとレティシアはまだしも、初めて受けるロッシュ村の者たちは堪らなかった。
 すぐに呑み込まれ眷属へと変わり始める者もいれば、苦痛にのたうつ者もいる。

 レティシアは。
 真っ赤に染まる視界と脳裏を占拠する虐殺の記憶に意識を飛ばされそうになりながら、師の教えを思い出していた。
 
『己の心に巣食う闇と向き合え。闇とは、すなわち弱さだ。恐れ、妬み、理性を失うほどの怒り。それらが“ある”ことが悪なのではない。それらが“確かにある”ことを見つめろ。
 それが、これから教える技のいわば『燃料』となる。それらを以て、己のエーテルを燃やせ。
 ただし。その力に呑まれれば、闇が己そのものとなるだろう。
 心を冷やせ。感情に流されない透徹した認識を持て。激情と冷徹、その二つを同時に扱えることが、我ら闇を渡る者の“歩き方”だ』

 今、己を苛む無数の激情を見つめながら、レティシアは冷静に己のエーテルを操った。
 自分の胸に当てた左手に、闇色の剣を現出させる。暗黒の剣。本来ならば両手剣に纏わせるそれをエーテルのみで創り上げ――
 自らを貫いた。
「くぅ!」
 黒い炎に包まれて、レティシアが燃える。その力で、灼いた。己の激情を、己の竜の因子を。
「ああああああああ!!! ――るぁああ!!」
 最後は叫びと共に両手剣を一閃させる。黒い炎は消失し、暗黒騎士は再び剣を構えた。

 その少し前。
 誰もいなくなった高原の道端に倒れる老騎士の懐から、蒼く輝く小さなクリスタルが浮き上がっていた。
 クリスタル――オーギュスト・ド・ガルヌランのソウルクリスタル――は、数瞬滞空した後に、弾丸の如き速度で空を駆けた。
 
 レティシアが己の力で目覚めの歌を克服する十数秒前。
 動きの止まったテオドールはダヴィドに蹴られ、ジュヌヴィエーヴから遠ざけられた。
「テメエはダメだ。目覚めさせねえよ」
 そう言いながらダヴィドが変異する。異形の竜人に変わったダヴィドの右手の鉤爪が倍以上の長さに伸長する。
「…………!」
 よろめきながらテオドールがダヴィドを睨み据え、構える。
 そのとき。
 剣の鍔元にある蒼い宝石の中へ、飛来したソウルクリスタルが吸い込まれるのを、テオドールは見た。
 次の瞬間、眩い光が剣を起点にして拡がり、村全体を包み込んだ。
「なんだぁ!?」
「……なに?」
 周囲を見渡すダヴィドと、思わず歌を中断したジュヌヴィエーヴ。それから今しもテオドールに襲い掛かろうとしていた眷属たち。彼ら以外の者――テオドール、レティシア、オデットらロッシュ村の村人たちに、白く蒼く輝く光が宿った。
 光は宿った者の竜化を解き、傷を癒していく。
「これは……!」
 テオドールは師より託された剣を見る。この剣の名は『蒼天の翼(エール・ド・シエル・ブルー)』。ソウルクリスタルを取り込み、師が伝承半ばで死しても技を伝え導く能力を有する、ガルヌラン家に伝わる秘剣である。
 さらに、魔力を充填する機能を有し、蓄積した魔力でこのような治癒と浄化の結界を張る効果がある。今回はオーギュストが数年蓄積した魔力を解放したため、奇跡に等しい効果を得たのであった。
「どうなってやが――がッ!」
 テオドールの前にいたダヴィドと眷属たちが、炸裂した赤黒い魔力光を受けて後退する。アビサルドレイン。暗黒騎士の有する範囲攻撃だ。
「……まさか、蒼天騎士に助けられるたぁな」
 テオドールを助け起こしながら、レティシアが笑う。
 自身の竜化は自ら克服したレティシアだったが、村人たちを助けることはできなかった。その意味を汲み取ったテオドールはレティシアに頷く。
「礼は、あとで師に直接言ってくれ」
「お前……」
 オーギュストが今どうなっているのか。察せられないレティシアではない。構え直し敵を見据えるテオドールの横顔を少しだけ見つめた後、レティシアも両手剣を構える。
「――ああ。迎えに行ってやらねえとな!」
 一際大きい声で覚悟を決めたレティシア。それに、ジュヌヴィエーヴの物憂げな溜息が重なった。
「……やれやれね。これではもう、力ずくで貴方を屈服させるしか無くなってしまったわ」
 進み出るジュヌヴィエーヴが、ダヴィドを見上げる。
「いいわね、ダヴィド」
「……仕方ねえな。こっちは邪魔が入らねえようにコイツを片付けておく」
 テオドールを指し示すダヴィドに、黒衣の巫女は視線をレティシアに据えたまま頷く。
「ええ。お願い」
 村の外れへと歩きだす。それを見て、レティシアもまた彼女を見据えたまま、テオドールに告げた。
「――行ってくる」
「ああ。邪魔はさせないさ」
 頷くテオドール。去っていく二人を見つめたのち、ダヴィドが嘲るように肩をすくめた。
「おいおい。そりゃこっちの台詞だぜ?」
 眷属たちがぐるりとテオドールを囲む。
「言っとくが、ジュヌヴィエーヴは俺よりも強いぜ」
「……なに?」
 テオドールは訝しんだ。確かに歌の技量は高く、『目覚めの歌』は唯一無二の魔技であろう。だが、直接的な戦闘力をダヴィドが担っているからこそ後方に下がっているのだと思っていた。
「アイツは俺たちを導く者、俺たちの“光”だ。だから傷一つ付けたくねえ。だから、アイツの前に立ち塞がるモノは俺が壊す。それが俺の誇りだ」
 ダヴィドがジュヌヴィエーヴの前に立つのは、自ら決めた矜持ゆえだったのだ。だとすれば。
「……!」
 思わず遠ざかるレティシアの背を見たテオドールだが、ダヴィドと眷属たちは包囲はさらに狭めた。
「今更後は追わせねえぜ? 言ったろ、邪魔が入らねえように片付けておくってな!」
「く……っ!」
 叫びと共に、ダヴィドと眷属たちが一斉に襲い掛かる。テオドールは唇を引き結び、油断なく敵の動きを把握した。
 今は、彼らを倒すことだけに集中しなければならない。

(後編二に続く)
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