5 interval――追憶
移動した先は、真っ赤な空が広がる荒野だった。
その荒野の中に、木と鉄で作られた壁に囲まれた区域がある。セインたちはその壁の内側に出現していた。壁には大きな門があり、そこから外が見える。簡素ではあるが、砦の体裁だった。
荒野には人影は無く、乾いた風が吹きつけていた。
全員が出現すると、前の領域からの通路は掻き消えてしまう。
壁の内側はちょっとした砦ほどの広さがあり、その中央にはエーテライトが存在した。ただし、クリスタルは鈍色に濁り、回転もしていない。
「死んでる?」
「いや、今回もツクリモノ。そーゆー雰囲気だよ、って感じ」
一見して、戦場の前線基地のような建物だった。
「戦場っぽい」
ヴェスパの感想に、セインが返す。
「いや、ぽいじゃないな。戦場なんだろう。次の相手――ギード・オーレンドルフのことを考えれば、間尺に合う」
「あーなるほどね。戦って戦って戦い抜いて……ってコトか」
「激戦になるだろうな、おそらく。――そして、ここが今、静かなことの理由も分かった」
そう言いながら、セインは砦の一角にある東屋へと歩いていく。
「理由?」
「準備しろ、ということだろう。今回は“そういう戦い”をしたいのかもしれん。だが奇襲という線もなくはない。マジャ、監視を頼めるか」
「おうよ、任せとけ」
マジャが触手を高く上げる。一種のレーダーとしてそれは機能した。
そこで、一行は小休止をとることにした。
「あのさ」
「あん?」
「さっきルーシー、あたしもそうだ、って言ったけど……」
おずおずと訊くヴェスパに、至極あっけらかんとルーシーは答えた。
「うん。そだよ。あたしはアラグで作られて、第四霊災直前に休眠させられてた人型対蛮神兵器――らしいよ」
「アラグ!? めっちゃ先輩!? ってか“らしい”って」
「自分じゃ自分のこと分かんないんだよ。あたしを作ったらしい奴の一人は、バハムートのテンパードに……ってその辺はフクザツだからいいや。とにかく、あたしはまだ自分自身を知り尽くしてない。それも、旅の目的の一つさ」
「へー……」
気軽に告げられた秘密と、軽く肩をすくめる仕草。微笑むルーシーを、ヴェスパはじっと見つめた。
「ヴェスパは? さっきアムダプールって言ってたけど」
「あの姿は、アムダプールの守護石像に似ていたな」
「クリブだっけ? 支都コーネリアで会ったな」
二人の会話をヴェスパは肯定する。
「うん。似てると思うよ、自分でも。多分同じモチーフなんだよね。その辺はお師さんは教えてくれなかったな」
水筒に入ったオレンジジュースを一口。この人たちになら、いいかな。ごく自然にそう思えた。
「アタシは、アバラシア雲海の浮島で生まれた――ううん、目を覚ました。結界で覆われたそこは、かつてアムダプールの白魔道士が創った隠れ里でね」
ヴェスパが目を覚ましたのは、偶然なのだという。
彼女と彼女の妹たちは、皆作られた人であった。魔大戦終盤、マハで“再発見”されたその技術によって、戦場にはあまたのクローンが跋扈することとなった。
アムダプールはその技術を穢れたものとして忌み嫌っていたが、
「それでも、世界のどこにでもいるみたいね。できるから作ってみた、とか、そーゆーことする奴」
対妖異戦を想定して創られた人間兵器。それが、ヴェスパだった。
技術的には完成したが、そこで発覚し、ヴェスパは破棄される予定だったという。それを、『お師さん』が救い出し、隠れ里に封印したのだそうだ。
「お師さんは魔大戦終盤に、アタシ以外にも“そういう子”を救い出してた。それが、アタシの妹たち。
マハで模倣された人造学者トリッシュと、今は名も残っていない、マハに侵略された国サラマンドの人間兵器ニア。
皆一時封印されて、エーテル体だけになったお師さんに見守られて長い時を超えてきた。
……それがどういうわけか、封印が解けてしまった。最初はアタシ、それから、トリッシュ、ニアの順。
お師さんは、それもまた運命である、とか言ってたな。目覚めたからには、何かを成すべくハイデリンが期待をしたのだろう、と。
よくわかんないけど、目覚めちゃったからにはしょうがない。
まだ小さかったアタシたちは、お師さんの元でそれぞれの力を制御することを学び始めた。
――でも。
あの日。
忘れもしない、第七霊災の日だよ。
アバラシア雲海も、揺れに揺れてた。浮島がいっぱい落ちたり焼けたりしてた。
隠れ里も例外じゃなくって。破壊の光に貫かれて、神殿が破壊されたりして――結界が解けたんだ。
そこに。
アイツらが来たんだ」
「――アシエンか」
「……そう。
奴らによって、お師さんは消された。眠ったままの子たちが、大勢連れていかれた。アタシたちは必死で逃げて……散り散りになっちゃった。
それで、妹たちを探そうと思って、身元があやふやでもなんとかなる冒険者になったってわけ」
「……なのに今は一家とか名乗ってんじゃん?」
「あー……それはねえ」
あはは、と笑ってから、ヴェスパは困ったような笑い顔になる。
冒険者として活動していたヴェスパは、あるとき盗賊団に襲われたのだが、彼らはとても弱かった。
飢えてやせ細った体をした彼らをつい案じてしまったヴェスパは、彼らのアジトに行った。
そこには、様々な種族・集団から爪弾きにされた者たちが集っていた。
体が不自由な者、誤解されやすい者、集団に馴染めない者。様々な理由で孤独になった者たちが、生きるために懸命に寄り添っていた。
「それ見てさ、ああ、コレだめだって思ってさ。いてもたってもいられなくって。あの子らを面倒見始めちゃった」
遠回りになるのは分かってるんだ、とヴェスパは赤い空を見上げて言う。
「だけど、行き場が無いのはアタシも一緒だから。“家”を作ってあげて、仕事ができる子は仕事を覚えさせてやって、って。妹たちと会えた時に帰れる場所を作りたかった、てのもある。
たださ、ウチにはゴブリンもイクサルもいる。あそこにはいないけど、コボルドの子だっているんだ。そうすると、ね、どうしても稼ぎは裏稼業に近いものになりがちで。
今回も悩みながら引き受けたんだけど。やっぱり向いてなかったねえ」
「――知り合いが、双剣士ギルドにいる」
ぽつりとセインが言った。
「え?」
「あそこはそういうしがらみもなく、純粋に実力と依頼への適性だけを見て仕事を依頼する。腕は立つが組織に馴染めない者たちには、そういう組織の依頼を紹介するのもいい。実績が出来れば、黒渦団も注目するだろう。仕事はあるぞ」
「……なるほど」
感心するヴェスパ。さらにセインは言った。
「一家には、モノづくりや採集を得意とする者はいるか?」
「いるよ! ゴブリンやイクサルの子はすごい技術をいっぱい持ってる! その子らに教わって、ほかの子も始めたりしてるよ」
「俺の昔馴染みが、リムサで職人として会社を興している。繁盛しているようでな、外注も始めているらしい。――そいつも、蛮族云々は気にしないぞ」
「そうなの!?」
「戻ったら紹介しよう」
「ありがと! そうと決まったら、ここをさっさと出ないとね!」
ヴェスパが勢いよく立ち上がる。
「ああ。――だが、次は今までよりも熾烈な戦いになる。油断するなよ」
「もち!」
「あいよっ」
二人が応える。
「一丁ド派手にかましてやろうぜ、旦那!」
マジャが笑い、カーバンクル・サファイアがシャッと鋭く短く鳴いた。
「いくぞ」
頷いたセインが歩き始める。
――風が、雄叫びを運んできていた。
(6に続く)