Nie Nanao
Pandaemonium [Mana]
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波止場に寄せる波の音は、今夜も優しい。
海は静かな月明かりに照らされ、左手むこうにそびえ立つ、白い岩崖の落とす陰影とともに揺らぎあっている。
青みを含んだそこらの空気はさながら鮫の背びれめいた色味で、水面へなすりつけるように溶けこんでいる。
桟橋の突端で私は一人、釣りの準備をしていた。
傍らに連れた幼クァールは、私の持ち込んだ道具やあたりの様子を物珍しげにうかがいながら、つぶらな瞳を見開いて行ったり来たり歩き回っている。
凪の宵である。
街区はどこへ行ってもにぎやかで、喧騒に満ち満ちている。こんな港のはずれまで来てすら、どこからともなく大笑いや喧嘩の怒号がかすかに届く。
夢や、金や、名誉や、力を求めてここにやってきた、大勢の人々とその声。
それは、針先に繋いだ餌を求めてここにやってくる魚たちに似て、はかなくもにぎにぎしい。
そういえば最近、とみに新人冒険者が増えているように感じる。広場にいれば、毎日何人もの人々が新品の得物を背負ってエーテライトの交感をする姿が見られるのだ。
春は何をするにも活動しやすい季節とはいえ、何か理由があるのだろう。なんでもエオルゼアの三国は、人頭税の税率を新米冒険者に限って大幅に下げたらしい。帝国との戦に備えて傭兵を増強するもくろみがあるかもしれない。
街の中心にそびえ立つ塔の最上階、提督室は、晩餐もそこそこに国の行く末を見据えて窓明かりを絶やせないでいることだろう。
この白堊の街リムサは、そんな賑やかさと憂愁がちりばめられた大都市だ。
私は白魔道士の杖を置いてこんなところで釣りを始めようとしているが、このあたりで料理となる魚があまりとれないのは、釣り人によく知られている。せいぜい出汁に使うエビくらいのもので、対岸のエールポートあたりまで足を延ばさないと旨い魚介にありつけない。
よく引っかかるメルトールハゼなどはあっという間に傷んでしまい、調理のしようがない。しかし、荒くさばいてミンチにし、ライ麦粉と混ぜ込めば練り餌にできる。
これで大きめのボールを作って錘の重量とあわせれば竿のしなりもそれなりに大きくなり、手への感触がわかりやすくなる。人が食さなくともある種の魚には食いつきがいいから、たいした餌代もかからず釣りを楽しめるのだ。
餌箱に詰めてあるその練りものを指先ですくって丸め、針につける。
竿をかまえて水面を見ると、相変わらずおだやかな波は、キャスティングを優しく受け止めてもらえそうだった。
ミンチボールも釣り糸の先でゆらゆらと行ったり来たりし、水中に投じられるのをいまかと待っている。
私は何度かロッドをふるって振り子のようにボールを行き来させた。勢いをつけながら、行ったり来たりするタイミングを見て、海へ放る。すぐさまつるつると竿の上を釣り糸が滑って餌が飛び、
とぷん。
あっけない音でボールは水中へと消え、波紋となごりの小さな泡が立ち上った。くるぶしに身を擦り付けるように寄り添っていた幼クァールが、興味深そうに音の方向に耳をそばだてる。
竿先はゆったり上下し、釣り糸は先端の重みによって自然と引き出されていく。
「お魚さんの気持ちになること」と釣りの師匠はいつもいう。漁師ギルド駆け出しのころから口酸っぱくいわれていたその助言を思い起こしながら、釣りたい魚がよく泳ぐ深さまで道糸を引き出すとリールを止めた。今ではすっかり指先に染み付いた一連の感覚である。
ゆら、ゆら。
眠気を誘うようなゆったりした竿先の揺れ。きれいな竿の湾曲。水面の揺らぎ。生暖かい春の大気と、ややひんやりした水上の空気とがたゆたい、ムラのある気温。
ぼうっとした薄雲にさえぎられ、おぼろになりゆく月明かり。
ゆら、ゆら。
すべてがぼんやりとしておぼつかない刻。
そんな揺らめきの世界で、竿を握ったままじっと待つ。心持ちだけは揺れから遠く、手元の感触と竿先、釣り糸が消えていく水の奥深くのイメージだけを研ぎ澄ませていく。
釣れるまでのんびり待っているだけのように見えても、存外、神経はせわしなく感覚を働かせているのだ。
この広く深い大海原を、居心地のいい深さで魚たちは泳いでいる。
そこに罠のついた餌が降りてくる。喜びいさんで食いつく魚は、自分の運命をつゆほども疑っていないに違いない。
なかには警戒心の強い魚もいる。めったに住処から出てこず、世界が寝静まった頃にゆっくり起き出す大物もいる。そして、それらを大口開けて一呑みするヌシがいる。
これまで重ねてきた冒険の数々。
これまで釣り上げてきた世界の魚たち。
温かくも厳しく鍛えてくれたギルドの人々。
集中する全神経。
それらがただ一つの魚眼となって、海の下深く泳ぐ目当ての魚を鋭く見つけ出す。
いるはずだろうから、いるはずへ。
いるはずから、いるへ。
確信。
そして、ふっ、と。おもむろに。
竿先が戒めを解いたように少し上がった。
ボールが十分海水を含んで崩れ、餌が水中に広がりだして重みが解放されたのだ。不意に降りてきた異物が、腹を空かせた魚たちに前触れもなく甘露を降らす。奥に小さな爪を隠して。
いよいよ魚が集まり出す。
……さぁ。
ロッドを甘くゆすって餌と針と、つつく魚たちを指先の視界へ取り込んでいく。
……来るよ。
目当ての魚は必ずそこにいる。
幾匹も餌の回りに群がって、今、溶けだした思わぬごちそうを口に吸いこんでいるだろう。
待つ。吸い込む口の端に針がかかる、その瞬間を。
待つ。
待つ……
……来い。
つ、つ、つ。
ロッドにかすかに伝わる振動、魚がつついている餌――そして。
ぐっ。
突如、竿先の乱舞。
来たッ。
刹那、ロッドを一気に体へ引き寄せる。
幼クァールが足下から飛びのく。
針についた餌を直接くわえた感触。それを逃さぬよう針を食いこます。
反射的に引っ張り返される。
釣り糸をちぎらんばかりにロッドが思い切りしなる。
魚が身をくねらせ、俊敏に泳ぎ逃げようとするほど針は抜けなくなるはずだ。
手応え。
魚影は見えない。
深くへと引き込む動き。
彼らのペースだ。
糸が切れないよう、しかし入り組んだ岩場にも逃げ込まれないよう。
ロッドを持ち上げる。
ロッドがしなる。
リールを目まぐるしく回す。
ラインが張り詰める。
負けじとロッドごと引っ張り返される。
一歩前に出て踏ん張る。
おまえの力。
わたしの力。
命の力比べ。
水面下の相手は海中で狂乱の舞を踊り、逃げをうつ。
餌と思って食いついた罠。
口に引っかかった異物。
釣り針。
得体の知れない引力。
死に物狂いで逃げる。
引き剥がせない。
どこまでも追ってくる、疲れ知らずの通り魔のような。
目を閉じても瞼の裏に姿を現す怨霊のような。
背筋に張り付くざわめき。
逃げおおせぬ恐怖。
迫る絶望。
私の欲望が、小さな命に恐怖を与えているのだ。
矢のように逃げ泳ぐ。
ロッドを力強く引く。
リールを手早く巻く。
泳ぐ。
引く。
巻く。
そうこうするうち引っ張られる力が徐々に治まっていく。
諦めたわけではないだろう。が、逃げおおせるなまなかな罠ではなかったことに気づいたはずだ。時折糸を引っ張り、残る体力であらがってみせる。が、無駄だ。
抵抗は、去った。
リールを巻くと水面に銀色のうろこがひらめいた。さらに巻き上げて釣り上げる。
目当ての魚はいつもより大ぶりで立派だった。
潮水をしたたらせながらあえぐ魚の口から針をゆっくり外すと、ふと振り仰ぐ。
ここからは飛空挺の発着場しか見えないが、提督室の明かりは相変わらずともっているに違いない。
魚をスカリに放して泳がせ、私は再び餌箱の練りものを手に取る。
かたわらの幼獣が尻尾を揺らし、私への励ましのようににぁ、と鳴いた。
――了――