最強最愛のビギナーズ 第十八話「だって私は、まだ幸せになってないから!」イナーシャだった存在は小刻みに震えながらこちらに向けて武器を構えていた。
対する、アスも腹が決まったのか妖精武装で包まれた拳を相手に向けている。
相手の動きも出方も分からない、ならば、押し通すのみ。
その為の勇気をあの二人が私に与えてくれた。
仮に私がここで散ったとしても、ううん、絶対にこの局面を越えて見せる。
そして、三人でアシエンの元に進むんだ。
強い意思が魔力に反映し、魔力から妖精武装に伝わり相手を打ち砕く純粋な力となる。
向かい合う二人、最初に動いたのは…アスだった。
「アスクレピアス、推して参ります!」小細工なしの真っ向勝負で、真正面から最短距離でイナーシャに特攻する。
「ウヒャォウ!!」
声になってない声を上げながら、アスに向かって鎌を振り下ろす。
すんでのところで鎌を潜り躱しながら渾身の一打をイナーシャの胸に叩き込む。
「精魔ブレイクゥ!」
「グゥエエ!」
見事にクリーンヒットし呻きながら後ろに吹き飛ぶが、すぐにむくっと起き上がり何事も無かったかのようにこちら向かって走り出す。
「くっ、こんな攻撃じゃほとんど効いてないって事ですね…なら、もっと力を込めて行くのみです!」
アスも間髪入れずイナーシャに向かって駆け出す。
イナーシャの攻撃は素直なほどに単調だが、動きが予測できない分どう変化するのか読めない。
不安はあるけど、距離をとっての攻撃で仕留めきれる相手ではない。
なら接近戦あるのみ。
頭上から大振りの一撃がアスの頭部に襲い掛かる。
躱しても良いが、ここはこう対処しよう。
「インテリジェンス・アス・キック!!」
緑の光を放ちながら下からの強力なカウンターキックが鎌を蹴り飛ばし、大きくイナーシャが態勢を崩す。
「ここで更に、轟けインテリジェンス・アス・ボンバー!」間髪入れず相手の隙をつき持てる力を惜しみなく相手の顔に叩き込む。
「ヒギィアアアア」
完全な連撃をその身に喰らい、声と共にもろにきりもみ状態で空中を舞うイナーシャ。
そのまま落ち地面に叩きつけられると見込んでいたアスの予測は、いとも簡単に裏切られた。
なんと、イナーシャが地面に落ちた…と思ったその瞬間、地面を蹴り、ありえない角度でこちらに急接近してきたのだ。
「え!?」
ほんの一瞬、アスがあっけにとられたのは一瞬だった。
折れ曲がった首で体全身を使い、渾身の暴力で鎌を振るってきたのだ。
とっさに十字受けの構えを取るが、体勢が十分に整っておらず相手の攻撃をほぼ直撃で貰い受けた。
「きゃあああああ!」
アグレッシブで苛烈すぎる思いをその身に受け、宙を舞うアス。
想像以上の威力に思わず叫び声を上げる。
しかし、イナーシャの攻撃はそれで終わりではなかった。
ボールを追う無邪気な子供の様に、走り出し空中に舞うアスに追い打ちの飛び蹴りを決めた。
横からの強力な力も加わり、なすすべなく地面を転がっていくアス。
固い地面により体は擦れ、ボロ雑巾の様になりやっとの事で止まる。
「痛い…痛いよ…」
全身を駆け巡るあまりの痛さに本音が漏れる。
ふと顔を上げると、更に追撃しようとイナーシャが猛然と向かってくる姿が目に入った。
「私、ここで死ぬのかな…」これも、アスが今思っている素直な本音だろう。
脅威が眼前に迫っている中、満身創痍、更には相手への対策が見つからない。
今までなかった事だけに、どうすればいいのか分からない。
「死にたくない…」
痛む腕をおさえ俯くアスに、容赦なくイナーシャの鎌が近づく。
「だって…」
この間にも頭上に迫る悪意の鎌。
「だって私は…まだ幸せになっていないからぁああああ!」アスの内に秘められていた強い思いが言葉となりあふれ出し、同時に力が覚醒する。
”ガキィィィイイイイン”
獲物を完全に捉えたと思ったイナーシャの鎌が強い力にはじかれる。
意思を失った筈のイナーシャが無言で見据える先には。
内から眩く直視できないほど壮麗な七色の光を放つ妖精の女王がそこに居た。
見る見るうちに塞がっていく体中の傷。
ゆっくり目を開き、高雅な瞳はじっとイナーシャを見据えた。
唖然とその光景を見るイナーシャ。
何が起こっているのか理解が追い付かないといったところだろうか。
「私は怖かったのかも知れない、自分の本心をさらけ出す事で何かが壊れたり変わってしまう事が」語り続けるアス。
「そんな心の枷がいつの間にか、私の力そのものを封じ込めていたんでしょうね、でも、貴方のおかげでそれを解き放つことが出来ました、本当にありがとう、だから…」
首をかしげながら話を聞くイナーシャ。
「だから、お礼も兼ねて私が貴方を滅します、なので安らかに眠って下さい」
意味は分からないが、自分に向けての挑発だと認識したのか怒りをあらわにする。
「フルッツツシャアアアアアアァァァ!」
奇声を皮切りにこちらを仕留めようとありったけの力を溜める暴獣イナーシャ。
「その震える御霊を天へ誘う為の聖なる戦刃をここに、かの地への道を示す指標とならん事を」
二本の指でゆっくりと空に十字を切り、両手の拳を握り深く構えるアス。
「悪しき魂を精霊と浄化の力をもって戒めん…」怒りと狂気が頂点に達したイナーシャが暴虐を力に込めてアスに飛び掛かってくる。
「グルギィヤアアシャアア!」
自我が彼に残っているのかは分からない、しかし何か意思の様なものは感じた。
「…その一撃、確かにとんでもない力の様ですが、そもそも私にぶつけられるとお思いですか?」
こいつは何を言っている?そんな表情をしていたイナーシャの動きが止まる。
「グガガガ…」「貴方は疑魂を自分に取り入れ代償と共に凄まじい力を手に入れた、しかし力に飲み込まれ己を失い、結果的に弱くなった。」
「ゲアアア?…」
「何故なら、私が事前に張り巡らせた足元の結界術に全く気が付くそぶりも無かったから」
地面より伸びた光の糸により完全に動きを封じられたイナーシャ。
「以前の貴方なら警戒したでしょう、貴方がご自身の持ち味を殺してしまった結果がこれです」
イナーシャはもがきながら力で振りほどこうとするが、伸縮性を帯びた魔力の糸は簡単に千切れなかった。
「残念ながらそれを引きちぎる時間を私は与えません、これでお終いです」
一気にアスが距離を詰め相手の懐に入り込む。
「…霊滅パラダイス・クロッシングゲート…」最後の一文を唱えると共に、最上級の精魔撃を両の拳に乗せ解き放つ。
躱す事も許されない状態に攻撃をもろに喰らうイナーシャ。
直後、浄化の濁流がイナーシャの体内を凄まじい勢いで駆け巡り暴れまわる。
満遍なく全身に巡り渡ったその時、体内のあちこちから立ち上る清浄の炎。
「ヒギャアァアアア!」
「…その命、大地に還元しなさい」
あっという間に体の末端から炭化しボロボロと崩壊していくイナーシャ。
「コノオレッチ…ガコンナトコロ…デ…オワルナンテ…シンジ…ナイ…イシニタク…ナイヨ…」最後の最後に自我を取り戻したのか、末期の言葉を残しアスの目の前で完全に灰に還っていく。
「これが力に憑りつかれた者の悲しい末路、私も肝に銘じないと…」
悲しい目でイナーシャの最期を見送り、浮かんだ言葉を残す。
気が抜けたのか、強敵を屠りその場に膝をつくアス。
いつの間にか、妖精武装が解け元の学者に戻っていた。
「本気で行かなければこの初戦で私は確実に死んでいた、いや、相手が冷静さと分析力を欠く事が無ければ灰になっていたのは私かも知れない…」改めて自分達が戦っている敵の強さを認識させられたのである。
「でも…今はそんなこと考えてる時じゃない、トンちゃんとお姉様の援護に行かないと…」
助けに向かおうと振り返ったアスの目に入ってきたのは、視界を覆うように目の前に聳え立つ敵達の姿だった。
「え!?」
魔獣の群れは、目に狂気を浮かべ眼前に居るアスを仕留めようと身構え、間髪入れずに数の暴力で襲い掛かってきた。
「これはいけない!」
思わぬ敵の奇襲に全力で防御陣を展開する。
しかし、激戦を終えたばかりの今のアスに余力はあまり残されていない。
容赦なく敵の牙がアスの肉を我先に裂こうと、バリアに集中する。
万全であれば決して後れを取る事はないだろう。
バリアに亀裂が走る。
「だめ、今はこれ以上力が出せない…でもどうにかしないと…」更に、蜘蛛の巣の様に大きく広がっていく、どう見ても限界が近い。
「こうなったら仕方ない、全ての力を使い切ってもこの敵を殲滅して見せる、例え私の命がここで果てるとしても二人なら…」
アスが覚悟を決め、最後の手段を講じようとしたその時。
「おりゃああああ!」
聞き覚えのある安堵の声が耳に入ってきた。
「私の大切な姉に何してるんだぁ、今すぐ離れろおおおおおぉぉ!」稲妻の様に素早く強大な力が、敵に向けてほとばしる。
身を揺るがすような爆音が辺りに轟き、同時に爆ぜていく大量の敵達。
いきなり現れた強敵に標的を変え攻撃を仕掛けようと進軍した魔獣軍の中を、今度は大きな光の翼が縦横無尽に翔ける。
「私の可愛い妹達に手出しはさせない!」突如、目の前に現れた二人の激しい波状攻撃を受け、見る間にディザスター達の群れは一匹残らず殲滅された。
笑顔で立つ二人の無事な姿を確認して、アスが思わず笑みをこぼす。
「二人とも、無事で本当に良かった…」
駆け寄ろうと立ち上がるが再び膝を地面に落とした。
「アスちゃん、大丈夫!?」
トンが駆け寄り肩を貸しながら心配そうに顔を覗き込む。
「ありがとう…想像以上に苦戦しちゃって、やっぱり私一人だとトンちゃんみたいに上手く戦えないなぁって、てへっ」心配をかけまいと明るく振舞っているアスの健気さを、いつも一緒に過ごしてきたトンは痛い程理解していた。
「そんな事無い、アスちゃんの頑張りが伝わってきたから私も姉さまも頑張って戦い抜けたんだよ」
「トンちゃんの言う通り、敵に取り囲まれた時はすごく不安だったけど、アスちゃんのお陰で最後まで戦い抜けたよ、私達に勇気をありがとう」
「…どういたしまして」
二人の素直な言葉がアスには何よりも嬉しかった。
「私も、私も二人の為にって何時もより頑張れました、二人ともありがとう」
姉妹で団欒を謳歌している所に水を差す使い魔の声。
「ウケケケケ…」
トンが相手をキッと睨みつける。
「まあまあ、まさかお前達がイナーシャとディザスター達を倒しちまうとはな…恐ろしい連中なのは良く分かったよ」「次の場所に案内してくれるんですよね、行きましょう」
アスがよろめきながらも立ち上がり、自分の意思を伝える。
「アスちゃんもう大丈夫なの?」
「トンちゃん、もう動けるから私なら大丈夫!」
「威勢のいい連中だ、だが次でその悪運もお終いだけどなぁ、ケケケ」
「それじゃ二人とも、次の相手が待つ場所に行こう」
ルビーの掛け声に相槌を打ち、進みだす一行。
「準備は出来たみたいだなぁ、それじゃあゲートを開くぜ!」
言い終えると同時に使い魔の前に再び開く魔の入り口。
怖気る事無く、未知の空間へ三人は足を踏み込んだ。
するとそこに広がった景色は、海底と思しき場所。
見渡せば辺り一面に広がる蒼の海原、その中にドーム状の様な空間にすっぽりと覆われた場所に私達は立っていた。
新たにたどり着いた不思議な空間を少し進むと、聳え立つ赤い漆塗りの見事な和御殿が出現した。
佇まいからは一見して分かる高貴な身分の者たちが生活を送っているであろう事が連想された。
ただ、不思議な事に生活感が一切ない。
おそらくは我々と戦うだけの場として、アシエンが作り上げた祭場なのだろう。
漆芸の技が際立つ建物の中に足を踏み入れると、同時に感じる強い覇気。
三人が揃って視線を向けたその先には、悠然と不動の如く全身朱色の衣に身を包んだ修羅が存在していた。
「ケケケケ…お前達の旅の終焉をゆっくりと見させてもらうとするぜ」
物言うと同時に煙りの様に消え去る使い魔。
しかし、そんな事を気にしている場合でではない。
何故なら、三人の前方からは目を逸らす事を微塵も許さない、明確で鋭利な殺意が刃物の様に突き付けられていたからである。
「三人共、この前ぶりだねぇ~、元気してた?」間の抜けた話し方だが、タダならぬ気配を常に解き放つ存在は、マリエさんの旧友であり、強敵中の強敵、純白の睡蓮ギレイだ。
「私達は別にあんたに会いたくなかったけどね…」
トンが相手に啖呵を切る。
「出来損ないとはいえ、暴走したイナーシャとディザスターの群れを退けた実力、どうやら本物の様だねぇ~」
「次の相手は、どうやら貴方の様ですね…でも、以前の様にはいきませんのでお覚悟を」
死線を潜り一回り成長したアスの極言。
「ふふ、雑魚とは言え強者を屠り調子に乗る気持ちはわかるよ、だけどぉ、あたしをあの程度の小物と一緒にしないでくれるかなぁ?」言い放つと共によりきつくなるギレイの殺意。
「離れていてもビリビリと肌に感じる熾烈な気勢…二人とも油断しないで…」
ルビーが妹達に警戒を呼び掛ける。
「貴女達が油断していようがいまいが、辿る未来は変わらないと思うけどなぁ~、せいぜいさぁ、あたしを楽しませてよねっ!」
自慢の愛刀を鞘から抜き、ギレイが構える。
「さあ、三人まとめてかかっておいでぇ~」
「ここは私にやらせて」
トンの言葉が、ギレイの声を制する。
「「えっ!?」」思わぬ発言に声がハモる、ルビーとアス。
「はいぃ~?」
ギレイすら唖然として首を捻っている。
「この人は、私達にとって因縁の相手」
「それなら私も同じだよ!だったらせめて二人で」
アスの言葉に対して、首を左右に振るトン。
「アスちゃんそうだね、でも、それ以上にね…」
「それ以上に?」
トンの拳に力が無意識に入る。
「私の力を試してみたいの、あの時、手も足も出なかったこの人を相手に今の自分がどこまで戦えるのか…そしてこれは私の我儘」
「トンちゃん…」
心配そうな表情を浮かべるアス。
「アスちゃん、トンちゃんはどうやら自分の力を試したいみたい、だったら危険だと思ったら助けに入る事を条件にやらせてあげない?」
「…分かりました、お姉様がそうおっしゃるのであれば、私は構いません」
「二人ともありがとう、危ないと思ったら必ず助けを呼ぶから、限界まで戦わせて!」
因縁の相手を目の前にして臆するどころか、強者を前にして目を輝かせる生粋の戦闘民族トン。
黙ってやり取りを全て見聞きしていたギレイが口を開く。
「貴女達ぃ、あたしを無視して話をしているだけでも死罪なんだけどぁ、言うに事を欠いて一人で相手をするぅ?…ウフフフフッ、アッハハハハハ!」急に声を張り上げて笑い出すギレイ。
三人は瞬時に理解していた。
凶獣の心に怒りの炎を灯したことを。
「こんなに愉快な気持ちになったのは久しぶりだよぉ、嬉しくなっちゃったからさ、赤髪ちゃんを極限まで切り刻んで歓喜の断末魔を上げさせちゃうねっ!」
怒り心頭のギレイを前にしても、ひるむ事無く一歩前に出るトン。
「二人とも見ていて、私の力と思いを!」そして、その背中はとても頼もしく見えた。
「純白の睡蓮ギレイ、私の名前はトン、私にはちゃんとした名前があるの、だから赤髪なんて呼ばないで、その記憶に刻み付けるほど思い知らせてあげる」
「今すぐ細切れになる相手の名前をさぁ、覚えるほど無駄な作業はないよねぇ、せいぜいあたしを退屈させない様にねっ」片や拳を、片や刀を構えジリジリと詰め寄る二人の闘士。
激闘の第二ラウンドが今その幕を開けようとしていた。
~続く~■FF14外伝 連続空想小説 最強最愛のビギナーズFF14の世界であるエオルゼアを舞台にしたビギナー姉妹とアクア・ルビーの物語。
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