Personnage

Personnage

  • 6

フード理論と食べ物的視点から読み解く黄金のレガシー(長文)(追記あり)

Public
◆フード理論とは?
突然ですが皆さんはフード理論という言葉をご存知でしょうか。
先日メインクエストをクリアし、今回のシナリオにはかなりの濃度でフード理論が散りばめられていることに気づきました。要所要所で食べ物が登場し、そこにまつわる人々の感情を描くことでシナリオをよりセンセーショナルに、効果的に盛り上げようとしている試みがいくつも発見され、食べ物好きの私としては大変興味深く感じたものです。

これは料理研究家の福田理香さんが提唱する、エンタメ作品におけるフード(食物全般のみならず飲料、口に含む煙草、毒物なども包括しているのが面白いところ)を効果的に使うことで人物描写や状況を際立たせる演出現象とそのステレオタイプ群のことを指します。
詳しくは著書「物語をおいしく読み解く フード理論とステレオタイプ50」で。

そのなかでも主要なものとして挙げられている「フード三原則」をまず掲げておこうと思います。
1、善人はフードを美味しそうに食べる
2、正体不明者はフードを食べない
3、悪人はフードを粗末に扱う

この三原則を踏まえながら黄金のレガシーを眺めると非常に興味深かったため、特に食べ物を効果的に挿入しようとしているシーンを抜粋して紹介しつつ個人的な食べ物絡みの考察を書かせていただいたのがこの記事です!


◆読む前の注意
・この記事は黄金のレガシーメインクエストクリアを前提とし、各フィールドのサブクエスト、ワチュメキメキ万貨街、トライヨラリーヴなどのネタバレ情報を多く含んでおります
・筆者が疑問に思ったこと、納得出来ていないことに対して否定的な意見をぶつけている箇所があります。ポジティブな感想だけを求めている方はご注意ください。





◆フードを美味しそうに食べるウクラマト、フードを食べないゾラージャとスフェーン、フードを粗末に扱うバクージャジャ
食べ物が絡むシーンに出てくるNPCといえばやはりこの四人。
特にウクラマトは継承の儀を通してその土地土地の文化を知るために様々なものを飲み食いし、現地の人々が喫食する光景をたくさん見てきた人物だ。心の奥底、深い信頼などを意味する「腹心」という言葉の通り、出されたものは美味しくいただき笑顔を見せるウクラマト。このうえない善人キャラとして描くことに成功している。また、直接の食事シーンは描写されていないが、乳母のナミーカとの絆を一瞬で理解させる仕掛けとして、「久しぶりにナミーカの作った食事を食べてくる」という趣旨の台詞もある。ナミーカが作ったものは美味しい、食べたい。己の身体を形作る食事を任せているということは、ウクラマトがナミーカを心から信頼していることに繋がる。たった一言で強い絆を演出することが出来ていて、後に続いた腕輪を贈る意味合いやアウトスカーツでの別れをより際立たせることにも繋がっており、シンプルながら唸ったシーン。光の戦士・プレイヤーを連れてトライヨラの街を案内する際も、共にタコスを食べに行こうと誘いかけるシーンがあり、仲良くなりたいのだという意思表示として受け取った方も多いのでは。

一方で、食べ物を食べなかったNPCといえばゾラージャとスフェーン。特にゾラージャはグルージャジャの子として確かに生き物であるのに一切食事シーンがなく、ウクラマト・コーナと対照的な謎の多い描かれ方をされている。対してスフェーンはウクラマト一行と仲良くなりたい素振りを見せながらも決して食卓を囲んだり食べ物を分かち合ったりはしなかった。正体不明者はフードを食べないという原則に則っている謎めいた人物のふたり。スフェーンに関しては後述する。

そしてフードを粗末に扱う悪人、バクージャジャ。シャバーブチェでのタコス踏みつけ事件でこいつは文句なしの悪人!と認識させることに成功している、わかりやすいにもほどがあるキャラ。後に出てくる食の試練でも、指定された料理の食材を「大した違いはない」と省いてしまうなどの粗雑さもみられ、ここでもタコス踏みつけ事件のスパイスが効いている。


◆ウクラマトとバクージャジャのタコス事件はほんとうに必要だったのか
しかしここで疑問に思ったことがある。表題のとおり、タコス踏みつけ事件は過剰演出だったのではないかということ。フード三原則の2、悪人はフードを粗末に扱うという言葉の通りあのシーンでバクージャジャを掛け値なしの悪人と認識しウクラマトに肩入れしたプレイヤーは多いと思う。光の戦士もタコス食べたかったね。
あのシーンだけを切り取ると効果的なフード理論の使い方をしていると感じられるのだが、話が進むにつれバクージャジャは日の当たらない食べ物に困る土地で育ったこと、「双血の教え」という優生思想めいた教育を施されてはいたがマムークの里と両親を大切に思う青年だったことが明らかになる。いくら蹴落とすべきライバルのものとはいえ食べ物を粗末に踏みつけて平然としていられる人格ではないようにも思ってしまうのだ。バクージャジャとウクラマトの対立を見せつつバクージャジャが実は…という出生の秘密を明かしていく筋書きであればもっと他のことをさせてもよかったのではないかと感じる。それくらい、食べ物を粗末に扱う描写は人の感情に強く訴えかけるのだ。


◆シャブルク・ピビルに見るヤクテル樹海の諸問題
ストーリー演出における食の描写といえばはずせないのが食の試練、シャブルク・ピビル作りだろう。この料理が生まれる背景となった歴史は世界設定上からも興味深く、プレイヤーの好奇心をそそる題材だ。ストーリーを追ううちに生じた疑問、状況を照らし合わせることによって浮かび上がる現在の課題に思いを馳せてみようと思う。

まず食の試練について説明する際、イクブラーシャのフンムルクがシャブルク・ピビルのことを「シュバラール族に伝わる伝統料理」と称した。シュバラール族とマムージャ族が手を取り合った証の料理なのであれば、「シュバラールとマムージャに伝わる伝統料理」と説明する方が自然なのではなかろうか?
ここで浮上するのが、果たしてシャブルク・ピビルはマムージャ族にも伝統料理として広く伝わっているのか?という疑問。
この疑問については食の試練でコンビを組んだゾラージャとバクージャジャの陣営にイクブラーシャで情報を集める素振りが見られなかったこと、バクージャジャが「ネコチャンの飼育係よりはマシだった」と言っていることから、ゾラージャまたはサレージャが調理法を知っていて材料の調達のみで済んだのだと思われる。バクージャジャの母であるミーラジャも「シャブルク・ピビルが生まれたあの時からやり直しましょう」と言っていることからも、ある程度認知はされているはずだ。

思い出してほしいのが、シャブルク・ピビルは調理法がマムージャ族、食材がシュバラール族のものであること。イクブラーシャには炊事場があり土を掘った中で蒸し焼きをしているところが見られるが、マムークのフィールド上を確認したところそういった調理場が存在しない。石造りの家には火を起こせそうな設備もなく、シャブルク・ピビルを作れそうな地面は全て草に覆われており調理で日常的に火を使っている形跡がないのだ。もしかするとマムージャ族はシャブルク・ピビルを歴史の一端として知ってはいるが日常的に食す伝統がないのかもしれない。

一方で、イクブラーシャのシュバラール族にとってシャブルク・ピビルは食べたくなったら作ることが出来る。それほど日常に溶け込んでいるわけだが、バナナの葉の調達は実は難しいことも判明している。イクブラーシャの戦闘集団であるブラーシャ狩猟団の狩人は南側の森に立ち入れないとされており、ショブリト灰戦場の古い荷車を介してこっそりと荷のやりとりが行われている程度の交流しかないのだ。荷車を介したやりとりを若いシュバラール族は知らないというサブクエ描写もあり、バナナの葉は溜め込んだ備蓄を繰り返し使うものなのかもしれない。若者がバナナの葉の入手経路を知らないということは、シャブルク・ピビルが生まれた歴史的背景も少しずつ忘れられようとしており、王位継承候補者が知るのみならずイクブラーシャの民にもこれを思い出してもらうために食の試練として選ばれたのだろうか。

さて、マムークのよろず屋カウンターにポポトなどバナナ以外の穀物が置かれていることからも、細々とでも互いの食材が手に入ることは明らかだ。だが調理場や調理の形跡が見られないとなるとマムークのマムージャ族にシャブルク・ピビルは広く受け継がれず、王都トライヨラに住むウクラマトとコーナもその存在を知らなかったことを考えると、シュバラールと和解しトライヨラに移住したマムージャもまたシャブルク・ピビルを平和の証として広めなかったことになる。ウクラマトが美味しく食べていた、美味しいものであるにも関わらず都市に広まっていないというのはなんだか不自然な気がする。
ヤクテル樹海南側の特殊な環境で育つジャティーカバナナがそもそもトライヨラに流通していない説も考えたが、調理リーヴではバナナスムージーを要求されるし、ワチュメキメキの調理錬金でもバナナを使ったジュースが出てくる。

ここで話をマムークに戻す。集落には料理で火を起こしていそうな場所が見つからなかったが、鍛錬場と思しきポイントには焚き火がある。完全に行間違法建築の与太話なのでここは読み飛ばしてもらって構わないのだが、バナナの葉で包み土中で蒸し焼き料理をするのは本来、戦場での調理法だったのではないだろうか?(モデルとなったのはフィジーのロボという料理法だと思われるが)地上で火を起こし煮炊きするより煙が上がりにくく、敵から発見される危険性を抑えるためと思うと理にかなっている気がする。戦の終結に伴いこの調理法は廃れていき、歴史上そういった料理が生まれたという知識だけが残ったとする可能性も出てくる。

これらを総合すると、シャブルク・ピビルは和平の証として生まれた経緯はあるもののそれは樹海の北側を変わらず占領し続けているいわば勝者側のシュバラール族から見た歴史の一端であり、双頭という一発逆転を夢見てマムークから出ようとしないマムージャはこれをさほど和平の証として扱わず、トライヨラで都市生活を送るマムージャもこれを受け継がず暮らしている……という、どこかいびつな歴史観が浮かんでくる。そもそも、ヤクテル樹海北部の領地と資源を争う戦いがありこれが終結したのであれば、イクブラーシャにマムージャ族が入植するか、あるいは樹海北部にマムージャの集落があっていいはずなのだ。

連王グルージャジャがこの料理を食の試練に選び、シュバラール族の者を選者に指定したのは、そういった現代にまだ残るわだかまりを知らせ、次世代の課題として託したのではないかと思われる。
それに、ショブリト灰戦場で理のグルージャジャが両部族に外つ国の脅威を伝えることで危機感を煽り、にわかに結束を高めることは出来たが、だからといってマムークに住むマムージャ族の生活が向上するわけではなかった点も重要な要素だろう。グルージャジャはマムークのマムージャにトライヨラという新天地を示してみせたが、故郷を捨てられずにマムークで暮らす者たちまでは救えなかった。それをグルージャジャ自身理解しており次代の王に知って欲しかったという可能性は充分考えられる。
(ヤクテル樹海の風脈クエストから繋がるシュバラール狩猟団のサブクエをやると、こんな風に深掘りせずとも現代までシュバラール族とマムージャ族の間に溝があるのはわかるのだが、それを知りえるのはあくまで光の戦士であり、グルージャジャはあくまでシャブルク・ピビルを通してこの問題を伝えたかったことがわかる)

……とはいえ食の試練、どこをど〜〜〜〜見てもHUNTER×HUNTERのスシ回なんだよな〜〜〜。面白いので是非読んでみてください。


◆食べない人間から食事を勧められると、シンプルに怖い
ところでこれを読んでいる皆さんは、スフェーンが敵キャラになると確信したのはどのあたりだっただろうか。私はスフェーンにソリューションナインを案内してもらう途中、ネクサスアーケードの食料品店で住人たちが食べている食品をご馳走してもらった時である。

ソリューションナインの住人はウクラマト一行を歓迎し、同じものを食べる様を喜んで眺めていたが、スフェーンがその場で共に食べることはしなかったのを見て底知れぬ恐ろしさを感じたためだ。
スフェーンは永久人であり生者の食物が不要という理由はあとで明らかになるが、このとき感じたのは、自分は食べない(プレイヤーにとって正体不明のまま)がウクラマト達には食べることを勧めてくる、つまり自分は腹の中を見せずウクラマト達には腹を見せろと迫ってくるところに歪みを感じたせいだと思う。笑顔を絶やさず住人に慕われるよき理王の側面を見せつつ正体を隠し接する底知れなさを上手に演出している、ここもまたフード理論を駆使した素晴らしいシーンだった。

◆オーティスの善性とその演出について(記載漏れがあったため追記)
機械の体となって長い時を過ごしていたアレクサンドリア王国騎士団長オーティス、ヘリテージファウンドではゾラージャの子グルージャのよき保護者であり、アレクサンドリア王国ではその忠誠心が暴走し女王スフェーンの魂を保管・永久人として現世に留めてしまう一端を担った、相容れない価値観を持った人物だ。
彼は「善人」であるが「価値観が大いに異なる」。これをキャラクターへのヘイトに変化させず演出するのは非常に難しかっただろうと推察される。これを可能にしたのがフード理論といえる。グルージャを迎えにきたウクラマト一行に食事を振る舞おうと提案し、その食材や火起こしの準備などを分担させる、食卓を皆で作り上げようとする姿勢は私達プレイヤーに自然な善性を連想させた。食卓を囲むのは家族や仲間の証であるというフード理論のステレオタイプに則りつつ、食事の最中にオーティスから驚くべき事実が明かされる。スフェーンが永久人であるということだった。死にゆく者の魂を引き止め、記憶を抽出し現世に留め民のために働くことを強いる、それは見る人間によっては死者へのおぞましい冒涜にも映るだろう。だがオーティスは「善人」なのだ。女王スフェーンを心から慕い、その死を悲しみ、優しい王であり続けてほしいと願ってしまっただけの善人なのだ。本当にその願いが生前のスフェーンの心と合致するのかを省みることがなかっただけで。善人だが理解しがたい価値観を持っているという難しいキャラクターを自然に理解させることにおいても、フード理論を効果的に使っているシーンといっていいだろう。



◆リビングメモリーの食品描写=黄泉つ竃食い
黄泉つ竃食い(よもつへぐい)という言葉・概念をご存知だろうか。黄泉、つまりあの世の食べ物を食べることは黄泉の住人となり戻ってこられないことを意味するというものだ。黄泉の食べ物を食べたことで有名なのは日本神話のイザナミ、ギリシャ神話のペルセポネあたりだろう(余談だがイザナミは黄泉の国で変わり果てた死者の姿となり、その身に八雷神(やくさのいかづちのかみ)を纏わせていたという。雷属性に偏ったヘリテージファウンドを彷彿とさせる)。

これを知っていたため、リビングメモリーで食べたポップコーンとアイスクリームのシーンがどうしても生理的に受け入れ難く、しばらくメインクエストを進めることが出来ずにいた。アーテリスにそういった伝承があるかはわからないが、弊光の戦士は調理師を生業としている根っからの料理人であり、食べ物を通して命をいただく循環のやりとりを大切にしているキャラクターだったので、「記憶情報とエーテルで作られた」(つまりこれまでに失われた生者のエーテルだと想像してしまう)と明かされているものを食べることに強い抵抗があったのは想像に難くない。
あくまで作り物のごっこ遊びと断じつつも場を乱さずに食べてあげただろうか、それともこれを食べて自分の身にすることで、リビングメモリーという歪んだ街の魂を命の巡りに戻すのだと決意を新たにしただろうか、でもたぶん食べてからこっそり誰にも見えないところで嘔吐してるだろう、そんな風に納得出来るまでかなり時間を要した。

キャラクターの心情を考え納得はしたもののどうしてもプレイヤーの倫理観にひっかかりストレスがかかった状態でストーリーを見なくてはいけなかったので、正直なところとても辛かった。クルルさんが両親とともにアイスを食べるシーン、グ・ラハが三人の緊張を解くためにアイスを勢いよく食べるシーンも「食卓を囲むのは家族の証」「食べることで腹の底を見せ合う、あなたとわたしで理解しあいたいというアピール」としてどちらも優秀な演出ではあったが、それが黄泉の食べ物であれば話は全く別……と感じてしまい素直に没入することが出来なかったのは非常に残念だ。
なお、リビングメモリーで採れる食材も多くありこれもなかなか抵抗感がある(永久人の街としてでなく、第一世界同様単に鏡像世界のものという捉え方が出来ればいいがヨモツヘグイの描写があるとかなりきつい)。
余談だが、リビングメモリーにて提供される食品は記憶情報とエーテルを用いて味を再現しており、永久人にとっては美味しいが生きた人間には味がしないという設定が明かされる。生きた人間のいないこの街で永久人がなぜそれを知り得たのか?あの世を模したような場所のリビングメモリーだが実際は隣接する鏡像世界であり、生物もいれば植物もある。もしかすると原初世界と統合しなかった地域の生者が迷い込むことがあったのかもしれない。このあたりは7.1以降のメインクエストで明かされていくことを望む。


◆黄金のレガシーにおける聖者モロコシ様
最後に書くのはやはりモロコシ様をおいて他にないだろう。トライヨラで出会える、トウモロコシの精霊を自称する何か。この精霊にモロコシ様と名前をつけて呼ぶの、弊光の戦士のキャラクター設定と非常にマッチしていてにっこりしてしまう。
モロコシ様は言う、腹が減るのは悲しいこと、食べられないのは悲しいこと。腹が満たされれば心も満たされ、幸せになれる。人の子がそうなることを何より喜び己の幸せとするモロコシ様、聖者の器すぎる。モロコシ様の心が満たされて身が肥える仕組み、どうなってるの。デュナミス?
光の戦士が見届けた旅の終わりには、思い出とともに食べる喜びを失った人と出会い、それを思い出させるモロコシ様。食べることは命を繋ぐこと、作ってくれた誰かとの絆を確かめること。いただきますとごちそうさまには尊い信仰が宿っている。そんなことを思い出させてくれるモロコシ様との旅、最後のクエストは涙なしには見られませんでした。弊光の戦士は生きて命をいただく人間だからこそ見届けることの出来たこの旅路を胸に、リビングメモリーのターミナルを停止したのだとすら思うのだ。


以上、フード理論をはじめとし食べ物に焦点を当てて黄金のレガシーを眺めてみた記録でした。
クソ長違法建築文章にお付き合いいただき、ありがとうございます。これを読んでくれた皆様も、腹いっぱい食べて幸せに生きんしゃい!


※7/11 15:35
記載漏れの段落を発見したため追記しています
Commentaires (6)

Ce commentaire a été supprimé par son auteur.

Hana Mooncircle

Asura [Mana]

とても興味深いお話でした。
フード理論、勉強になりました。

黄泉つ竃食いは、私も不気味さを感じました…。
グ・ラハから始まる一連のシーン、感動するどころか逆にちょっと怖かった。

ライターの人はフード理論を知らずに、若しくは意識せずに書いたんでしょうね…。
料理対決や、バクージャジャの描き方も。

そもそもペアになって、負けた方が証を得られないルールの時点でストーリが破綻してます。
(HUNTER×HUNTERのスシ回もそうなんですか?)

盛大に誤字ったので削除して書き直しました。

Sak Spielraum

Pandaemonium [Mana]

とても興味深く一気に読んでしまいました
勉強になりました!

リビング・メモリーはもともと生者も訪れる娯楽施設だったのを、永久人専用エリアにしたと話しているNPCがいた記憶です。
なのであそこは完全に死者の国というわけではなく、土地自体は第1、第13世界と同じような鏡像世界のどこかで、環境エーテルで出来ている部分もあるのではないでしょうか(なのでシャットダウンしても建物や草花は残る)。

あの世界でラハとポップコーンを食べた時、自分が最初に想起したのは、ラザハンに連れてこられたゼロがリンゴからエーテルだけを吸収したシーンです
あの時、ゼロはニッダーナに口に入れて味わって食べるよう言われていましたが、永久人は肉体を持たないためそれができない、なので味の再現をエーテルで補完している。
逆に言うと、ベースとなる食べ物に(肉体で味わった時の)味付けをする必要がなく、無味にしてある。くらいに解釈してました。

黄泉の国の食べ物というより、仏前にお供えする仏飯やお菓子のようなイメージだったので、こちらにあるような理由で受け付けない人もいるのだなぁ、と感心した次第です。

Trinity Doggy

Gungnir [Elemental]

>Hana様
お読みいただきありがとうございます。
フード理論を知らずに書いたというよりは取り入れ方があまり効果的でなかったシーンがある、といったほうがいいかもしれません。
H×Hのスシ回は読んでいただければわかるので是非お試しください。序盤の2巻あたりで登場したと思います。

>Sak様
お読みいただきありがとうございます。
リビングメモリーが生者も訪れる娯楽施設だったというご指摘ありがとうございます!見落としがあったか、未プレイのサブクエがあるので見識不足でした。スプライト系のモンスターもいますし天気も変わるため、環境エーテルは十全にありそうですよね。
仏前のお供えという解釈はとても素晴らしいと思いました。余談ですが、私自身が仏前に食事や飲み物を供えて後でおすそ分けをいただいた際、冷めている以外にも味が抜けているように感じた経験が多々あり、ご先祖様が味わってくれたのだな、死んでも食べることは大事なんだなと思った記憶がよみがえりほっこりしました。

Cosanne Lotus

Ramuh [Meteor]

ウクラマトとバクージャジャのタコス事件、個人的には後半のバクージャジャと矛盾はしてないと思ってる派です。
おっしゃる通り後半のバクージャジャの性格は考えると食べ物を犠牲にする事が平気!!みたいなタイプではないように思えます。
だからこそそうなってしまうほどの理由があったからああいう行動を取ったんじゃないかなって思ったので。中盤でバクージャジャが継承戦に生半可な気持ちで挑んでいたわけではないことが分かります。
序盤のバクージャジャから見たウクラマトは具体的な戦績もこれからの政策もないのに(前と同じでって政策はグルージャジャのパクリで何も考えてないようにも見える)王族だから継承戦に参加して…しかもタコス食って遊び呆けている……様に見えるんじゃないですかね。
ヒールとしての印象付けだけでその後のキャラの一貫性が破綻している…ではない見方も出来るのではと思った次第です。まあタコスじゃなくても良いといえばそれまでですが。いや今ウクラマトが楽しんでいるのを破壊するならタコスこそ狙うべきか……?
面白い文章ありがとうございます。すごく色々考える事ができて楽しかったです。

Trinity Doggy

Gungnir [Elemental]

>Cosanne様
お読みいただきありがとうございます。
確かに、故郷を出てたった一人で継承戦に挑もうとしているバクージャジャの目から見ると、ウクラマトが外国から呼び寄せた助っ人を侍らせる姿に我慢ならなかったという心情はありそうですね!
Écrire un commentaire

Mur de la communauté

Activité récente

Il est possible de filtrer les informations afin d'en réduire le nombre affiché.
* Les annonces concernant les classements ne peuvent pas être filtrées par Monde.
* Les annonces de création d'équipe JcJ ne peuvent pas être filtrées par langue.
* Les annonces de création de compagnies libres ne peuvent pas être filtrées par langue.

Filtrer
Monde d'origine / Centre de traitement de données
Langue
Articles